2013年1月の日誌
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1 月 29 日 (火)  



伊達騒動・宇和島

伊達騒動と申せば、寛文事件です。 (子細は 仙台市史近世2 伊達騒動 を)

宇和島でも伊達騒動と称される事件がありました。

元和6(1620)年9月、政宗公が秀宗公の為に派遣した山家清兵衛公頼と塩谷内匠助を秀宗公が政宗公に無断で成敗したと言われる事件です。
 
山家清兵衛公頼を祀った和霊神社の祭典は、宇和島最大の祭典です。

宇和島では 関心が高く、宇和島市立伊達博物館館長は講話の機会が増えたそうで、
成敗が闇討か 宇和島伊達騒動 史実と想像と題して 伊達博通信 に記載しています。

注目は、
仙臺4代綱宗公が 宇和島2代宗利公に宛てた書状が公開され、「山家清兵衛と申す者御成敗 以後怨霊悪事を重ね」と 読めます。

是で 真相解明に至ったとは 言えないにしても仙臺伊達家の公式見解を 理解できます。


古文書読解講座を機会に 勉強すれば この様な書状が スラスラ 読み解け 世界が広がる筈。

伊達騒動・宇和島については、 あかとんぼ は主に下記図書に頼っています。
1.仙台市史 近世1 「秀宗の宇和島藩」 149頁
2.宇和島藩 藩物語 宇神幸雄著 「山家清兵衛事件」
3.宇和島の自然と文化 宇和島市文化財保護審議会 編





1 月 28 日 (月)  



手水舎

手水舎前
1.手を洗わなくては駄目かしら。
2.清めなくては。
3.飲めるかな?

待機している目の前で 皆様 一様につぶやかれます。

私 作法を知ってるの と仲間に教え 指先を濡らし 直ぐ ハンカチで拭いています。

飲料水 と掲示されていますのに 「飲める?」と確かめる方 います。

「飲めます。水道水です」と答えると 「安心」と「がっかり」の 表情 2通り が見られます。

昨日 バックからペットボトルを取り出して 残水を捨て 満杯に汲み 意気揚々 本殿を目指された方いました。
仙台の水はウマイですから、新たに買うことありません。さすがです。
ただ、節約したお金を お賽銭としたかは 定かでありません。

バス停からの坂道は 容易に見え 急です。そして杉林の中62段を登って ホッとした所に 水があります。
深山幽谷の 湧水・澤水に見える方がいます。
昨日も、「なんで湧水でないのか?」とクレーム口調で言われた方いました。

この方の理屈では、富士山や月山の山頂に 御宮と湧水がある事になります。
北山の青葉神社・輪王寺の池の水は湧水です。山頂部で湧水がある事自体 自然の不思議です。
青葉神社の祭神は政宗公です。霊の所で湧水があれば、御遺骨のある瑞鳳殿でも 湧水があるのが 当然かな?

「参道 登り始めた所に 湧水跡があり その旨表示しています。お気づきなったでしょう。あそこさえ 枯れています。ここでは」
と答えました。

先人曰く「水は3尺流れればきれいだ」
小川の水 手で汲み 飲んだでしょう。

水道水を飲まず 水を態々買う人がいる時代、手水舎の柄杓で貯水を飲まれ人を見た時、「おしん」の時代の日本人に会った感じします。



1 月 27 日 (日)  



あかとんぼ邑 夜明け20cmの積雪。朝飯前の除雪。
青空になりました。高速道の通行止が解除になり、JRの列車も運行再開が報じれました。大雪は止んだ様です。

朝食後 すっかり雪に埋もれた車の掘出し作業・・・・・・・

定刻から60分遅れの家出。予想外 城下は白舗装(圧雪)です。怖いので ノロノロ走行。

経ケ峯 全山 真っ白。雪で木々も花が咲いた様です。
参道は幅1間程 除排雪されています。周囲は雪原です。
全山 一周 撮影しました。一部 表紙に掲載しました。


昨日は、終日吹雪であった故か、参拝者少なく寂しかったそうです。
ガイドのさる方、瑞鳳殿駐車場に辿り着いた時点で ガイドを断念されたと知せがありました。


20代後半の歴女風 3人連。
A 「ガイド 頼もうヨ」
B 「ガイド頼まなくとも 見学出来ますよネ」
C 「私 わかるから。イコイコ」

涅槃門の彫刻に目もくれず 本殿を目指して登って行きました。

御客様に涅槃門の彫刻を説明していたら 降りて来ました。新幹線並みです。
知らない事をガイドは 話しています。見逃した個所です。

今更 「一緒に聴かせてくれ」と 言い難く モジモジし 悔しそうに 東参道に歩み出しました。

ガイド無しでも参拝は出来ます。
デモネ。聞かないより 聞いた方が 得る事 多々ですヨ。


11時45分。もう終にしようかなと 思った途端 「一人ですが?」
途中から3人が加わり 秋田・埼玉・東京・神奈川からの4人のご婦人。ノリがいいです。

「私 漆に詳しいの、息子 塗り師なの」 秋田のご婦人です。
「川連塗 ですか」 
「あら どうして 知っているの」

あかとんぼ の知っている秋田の漆器は、川連塗と生駒塗。
川連塗は 御椀から仏壇まで、日用品から高級品まで幅広く、生駒塗は高級食器 工芸品。
的中率高いのは 川連塗 です。
あなたの息子さんはトモダチではありませんから 知りません。


「JR大人の休日」の会報、今月号 「つながる技と魂 日光東照宮修復」に 
日光東照宮等2社1寺110棟の建造物はほとんど漆と金箔で覆われている。
漆は、紫外線と湿気に弱い。降雨量の多い日光は、遺産維持の適地でないからこそ、細心の修理保全が必要。
塗師は「ぬし」とふりがな を附っています。
「塗り師」の「り」の文字が入っていません。

職人2人を紹介しています。
瑞鳳殿の修復に 見えた方でしょうか?


12時30分 ガイド終了。城下は黒舗装(アスフルト)になっていました。



1 月 26 日 (土)  



朝から降雪。 除排雪4回、雪国並。月は満月 煌煌。

仙台藩志会主催「伊達学塾」
演題は、国分17代国分盛重出奔事件の謎
講師は、博物館三の丸会・宮城地区歴史探訪会の会員 秋山榮作氏

内容を市史編纂室長に監修して頂き、精選された3分の1で構成したと講師は、パワーポイントを用い100分の熱弁。。

演題の出奔に至った事情とその子孫の栄達を理解しました。


国分盛重は伊達家を出奔後、姉を頼り 佐竹家に仕え 横手の城代を3から4代迄勤め、以後の子孫は久保田に移った。
国分盛重は、横手・正休寺に祀られた。
廣瀬歴史探訪会の庄司勝衛氏が墓所を訪れたが 探し当てられなかった。
この様に、聞いております。

講師に、講演会後の座談会で 上記を お訊ねしましたが、回答頂けませんでした。

盛重の子供で、伊達家に仕え、栄達した家柄の末裔の方から

「私 そのお寺に20年前にまいりました。墓所 わかりませんでした。「国分盛重」と尋ねた故で「伊達盛重」と問えば わかったか?と反省しました。

横手の郷土史家の「シオ」と申される方が、調べて居られた。年齢不詳ながら 私82歳です 同年配と感じています。
そこから、調べると 何か 判るかも。」
と御教示頂きました。

伊達治家記録に相当する 「佐竹家譜」では、調べ到りませんでした。

新たな 宿題です。ゆっくり挑戦します。



1 月 25 日 (金)  



古文書読解講座

講座は、早番と遅番の2組があります。
早番は13時から。遅番は15時から。

早番に希望が殺到、3人掛け卓に3人掛け 教室は満室とのこと。
遅番、3人掛け卓に2人掛け。

遅番を選択した、狙いがあたりました。

参加者数が少ないと気分的に落ち着きます。
後が無い、入れ替えでない事は 質問の時間が得られる事です。

2月には瑞鳳殿ガイド養成講座が午前中開催します。主催者として12時終了で後始末があり13時迄 博物館に移動は苦しく、こらも遅番を選択の理由です。

瑞鳳殿ガイド養成講座は、20人の募集に21人から25人位になる見込み。4月から 40人で ガイド。楽しみ。


読解講座 
宿題 7-8割迄 読解できました。

推薦図書
1.宮城縣史2・・・図書館から借用。古本市場検索するも皆無。
2.仙台市史 通史近世1-3・・・所有
3.仙台藩歴史事典改訂版・・・所有
4.仙台藩歴史用語辞典・・・所有
で、特に 地名 村の名前を調べるに 3.仙台藩歴史事典改訂版が有効でした。

教材に「黒川郡大平村」とあり、「オオヒラ」と読みました。トヨタの大衡村の略と思いましたら、3番辞典に「大平村」ありました。「オオダイラ」と読むそうです。
さて、現在のどこかは、これから地名辞典で調べます。

老中奉書の日付と署名の順番 不可解でした。 読解 の問題では無いので終了後 先生の元に 行きました。
丁寧に教えて頂きました。振返ったら数人が 「儂も 疑問であった」と呟き 立っていました。

古文書は 読み 解けば 古文書に凝縮した世界が広がる窓口に立った事。
同じ思いの人が いる様です。全5回の講座終った時 勉強継続会 立ち上げの声が上がる予感がします。


座長は 全5回 皆勤すれば ご褒美を呉れる と申しました。たのしみ です。



1 月 24 日 (木)  



るぷるばす

昨日、仙台駅12時発に乗りました。
御客様は、10人ほど。
老夫婦1組、若年寄婦人3人組、若いペア1組、孤独を愛するお嬢さんに 路線バス代わり風の人等。

若年寄婦人3人組。キーンと頭に響く高い音声で会話しています。
「仙台は 大都会ですね」
「このバス 1時間半で 仙台の主要観光地 1周します。ジーと乗っていましょう」
「このバス。私 皆様にご馳走致しますワ」
(途中下車しなければ 1回250円です。啖呵の切りようです)

放送と映像ついて 
「運転間隔を15分では無く 30分間隔であり、所要時間を1時間10分では無く1時間20分です間違わない様に」。
と運転手が放送していました。

3.11災から 間もなく2年目です。
1年8ケ月 この状態で 運行していたのでしょうか?
デスネイションキャンペンが始まる4月1日までには 案内と実態が一致する様になるでしょうネ。


納得したのは、
「瑞鳳殿は、伊達政宗の御墓です。坂道登ります。普通に見て(参拝してとは言わない)45分要します。30分後のバスに乗る方は それなりに急いでください」
と、放送していたことです。

大半の御客様は下車しました。残ったのは、1周組と路線バス代わり?


登り口に 公益財団法人瑞鳳殿で 無料ロッカーを設置しています。
気がつかないで、重い荷物を持って 参拝される方います。
「無料ロッカー」の大きい表示必要かも。

併せて、運転手が 放送すれば 利用客が増えるのでは。参拝者の利便です。
瑞鳳殿から バス会社(市交通局)に 頼めないのかな?


博物館で下車は 我1人。
バス停から信号機迄の歩道  凍結 テロテロ。
信号機から博物館までは、除排雪 OK カワカワ。
タッタ 10mが 難儀です。


久々に 試乗し 知ったことです。



1 月 23 日 (水)  



博物館には、いつ 行けば 最高か?

積雪の翌日、平日、企画展無開催日の昼休みの時間。この日時が最高、貸切状態、マイペースで心行くまで見れます。

満足しました。


諸般の都合で、13時直前に博物館に到着。ボラガイド昼休み不在、参観者チラリ。
常設展で見たいもの
1..江戸中期の仙臺城の「御修復帳」(東北大学大学院工学研究科 蔵)
2.中島家2000石関係書類・金山要害の各種絵図
3.「かたちでわかる古文書入門」展示
4.瑞鳳殿発掘品

1.4で、収穫がありました。
2.4.参考になりました。


ボラガイド昼休み不在が なぜ 最高か?幸いか?
瑞鳳殿ガイドの発言なのか?

博物館のガイドは、親切で博学な方ばかりです。
立ち止まると 「なにか 疑問あります?」と スーと寄って来ます。
誠に有難い存在です。

が、硝子壁越に 老眼では 展示物の文字が読み難いものが多々です。(眼鏡と双眼鏡が必携と反省します)
回転数が低下した頭脳で思案しながら、判読に努めています。

そこに、御親切にお声をかけられると、頭脳の回転が停止し、白紙還元されます。
故に、放置して頂き、私から質問する流れが 最高に有難いのです。

瑞鳳殿でのガイド、かかる心境から 「ガイドして」と 御客様から申されるまで 「ガイドします」とは、申しません。
ただ、御客様が 声かけ易い 雰囲気つくりには 努めます。


博物館 常設展示室、資料室共 貸切状態、マイペースで心行くまで利用させて頂き 満足です。

が、経営的に心配になりました。
生涯教育の場です。高齢者は無料で入場出来ます。入場収入では 運営経費賄えないは自明の理です。
しかし利用率が 高ければ 市民に支持されている証です。赤字でも OKです。

駐車場は7割の駐車・レストランは満席、講座は20人の見込みに150人も参加、落伍率が低い(盛況) と申すことは 利用率が 高い事。
慶賀。



1 月 20 日 (日)  



季節は「大寒」です。
境内は、参道以外は積雪 雪原です。

涅槃門・拝殿・本殿前 何れも 落雪注意の標識が貼り出され 柵の位置が移動しました。


参拝者は、大阪・奈良・静岡・津軽・東京と各地から。 地元の方が遠来客をご案内もあり、 2人から4人を 8組21人 ガイドしました。
1段25cmの階段を 8回以上の往復になります。

相方も 同様 上り下りをしており 「今日は 厳しいな」とボツリ。
今日の効果 明日に どの様にで出るか?
健康管理もガイドの目的ですが。 果して・・・・・・もしかして 年寄りの冷や水 となるか?


今日のビックリは、

本殿前で「このデザインは 極楽になっております。市内のお寺さんにお詣りすれば 極楽絵図、地獄絵図をお詣りできる事があります。・・・・」
に、

「極楽は男の世界”」と 妙齢の御婦人。ボソ


政宗公は男です。飛天は女です。この構図から 12飛天に囲まれていますから その見方になるでしょうか。
寶筐印塔は20基、一緒にすれば 男の比率が高くなります。

あかとんぼ は、極楽とは 御釈迦様のもと 男と女が居る。 性の違いはあっても 差別は無いと思っていましたので 絶句。

ガイド13年目の衝撃。

不幸でない限り 幸福 それが 現世の極楽と 思っております。



1 月 18 日 (金)  



伊達家墓所清掃

宇和島伊達家の墓所は、宇和島市内 金剛山大隆寺と龍華山等覺寺(臨済宗妙心寺派)が 主体です。
4代村年の正室 冨姫(仙臺5代吉村公の娘)と4代村年の生母りよは、宇和島市内 法園寺(日蓮宗)に祀られています。

2009年3月一杯宇和島に滞在した際、大隆寺と等覺寺を訪れ 秀宗公始め歴代の殿様と正室の墓碑をお詣りしました。法園寺は勉強不足からお詣りしませんでした。

さて、宇和島に、愛媛県南予庁舎、市役所、市民団体関係の方々が、2ケ月に1回 大隆寺と等覺寺の伊達家墓所の清掃をされているそうで、12日 連休初日 100人ほどの人数で清掃されました。

清掃は、殿様と正室、生母に限定しないで、殿様の弟で 1家を興した方の墓所も清掃されています。

宇和島5代村候(ムラトキ)の弟、候篤です。延享2(1745)年700石の知行で分家、島内家を興し 明和7(1770)年43歳で卒、大隆寺に祀られました。


以上の情報は、宇和島市立伊達博物館ブログ「伊達博通信 http://datehaku.blogspot.jp/2013/01/blog-post_15.html#more」 最新版と、2009年3月に伊達博物館から頂いた資料によりました。


あかとんぼ の感想です。
市民の意識の格差の大きい事です。

仙臺は、味噌・蒲鉾・踊りと 何かと 伊達政宗、伊達家に結びつけ 市中には 伊達家の家紋が乱舞し 商売に利用している感じがあります。
その割に、経ケ峯・大年寺山や市内に散在する伊達家の墓所を お詣りする市民は少なく、また、清掃ボランテイア活動は見聞きしておりません。縁故者の大年寺会の清掃は聞いています。

宇和島は、人口81,607人(2012.12.1現在)、鉄道の終着駅の小さい町です。
観光パンフには、伊達家10万石の城下町と記載されています。しかし 市中に伊達家の家紋の乱舞はありませんでした。

この小さい町で、2ケ月に1回清掃し、100人も集まるとは 驚異です。

この格差の原因は なんでしょう。

仙台は、年間20%の人口移動があり、5年で 全人口が入れ替わる大都会と言われています。
郷土意識の希薄が基因でしょうか。



1 月 16 日 (水)  



伊達成實公

成實公は、政宗公と従兄妹であり、片倉小十郎と共に 政宗公の片腕として活躍した武将です。
正保3(1646)年6月4日 その領地 亘理で 79歳 老衰で亡くなり、菩提寺・大雄寺(渡里町泉ケ入)に祀られました。

慶安元(1648)年に 荘厳な霊屋が建れた。1999年に大修理を行い、現在 江戸初期を代表する霊屋建築として、宮城県指定文化財となっています。 

御霊屋の中には、軍配を持つ甲冑姿の木像が安置されています。

普段は、直々 拝謁 拝めません。あかとんぼ 未だ拝謁しておりません。


1月16日 何の日か 解明出来ておりませんが、今日 1月16日 9時から16時まで、扉が開かれ 直々の拝謁が 許されたそうです。

この情報を入手したのは、1月16日16時でした。扉が閉まる時刻です。

次回は、8月16日(金)です。瑞鳳殿ガイドしない日です。
お詣りに行きます。年間行動計画に登録しました。


古文書解読講座

本日 仙台市博物館で、「古文書解読講座」全5回が 開講しました。
冒頭 座長から
 「通常の 聞いてるだけ の講座ではありません。
古文書は先祖が日本語で書いたものです。数読めば 読める様になります。
宿題もあります。
入門書・辞書を紹介します。
古文書を楽しみましょう」
と 激励されました。

講師陣は、東北大学准教授、博物館学芸員の怱々たる方々です。
是を機会に設備投資をし 落ちこぼれない様に 努力しなくては。


「かたちでわかる古文書入門」特集展示の坂田学芸員の解説 始まる前 総合展示室に。
始め原始時代と幕末以降を除く 時代の展示が 展示替されていました。


大収穫がありました。

1.現丸森町の領主 中島家2000石関係書類・要害の各種絵図が 展示されていました。
 昨年末 U氏のご案内で 領内の民俗と要害を取り巻く環境を 見てきており 展示物が理解でき 一興でした。

2.江戸中期の仙臺城の「御修復帳」(東北大学大学院工学研究科 蔵)が 開いて展示されていました。

  感激。

  瑞鳳殿等の「御修復帳」は、宮城県立図書館郷土資料室で、青写真 B4版大 を見てコピーしています。
  原本は 東北大学所蔵とは 聞いていましたが、東北大学のどこかまでは 知りませんでした。

  この仙臺城の「御修復帳」が、大学に帰る時か、帰った時に、 始頁から 是非 拝見したいものです。


 「旗本御家人 驚きの幕臣社会の真実 氏家幹人 著 歴史新書」に、「江戸城のトイレは怖い」の項があります。
 想像を絶する話です。
 
 「仙台城で、 一般の侍が 用を達したトイレは 記載されていますか。構造は どうなっていましたか? 江戸城のトイレは怖い」話を読み 仙台城では どうかと思いまして」と巡回していた館の方に尋ねました。

 突然の臭い話に 「ウーン」と 当然ながら 戸惑われました。

あかとんぼ には 本日は 大収穫の日でした。  



1 月 15 日 (火)  



瑞鳳殿ガイドの会

会は昨年末、会則をととのえ、会の名称を単純明快「瑞鳳殿ガイドの会」と変更、役員を増員しました。
新生 ガイドの会の 事業始めとして 勉強会を城下のホテルで開催しました。参加率87%


会長挨拶要旨
2月 公益財団法人瑞鳳殿と瑞鳳殿ガイドの会の共催、仙台市観光交流課後援で ガイド養成講座を開催します。
会員は、座学の聴講出来ます。

4月からのデスネションには、養成講座の卒業者と 多人数で 対応する事になります。

以上について 皆様の多大な支援・協力をお願い致します。

自分のためにも、観光客のためにも、 やってよかった たのしかった ガイドを 今年も しましょう。


勉強会は、
1U会員
 .家紋の由来・変遷 (信長・秀吉・家康 そして伊達家に至る)
2.NM会員
 政宗公毒殺未遂事件と小次郎をめぐる謎
3.K会員
 伊達家の「兜の前立」と「旗」
4.M会員
 甕棺 綱宗公から家臣新妻家まで

各自 A4版 2-7枚に 勉強した事柄を纏め 発表されました。
発表者は 時間不足を感じた様子。


新春祝賀会を
「福寿」(ノーベル賞晩餐会提供日本酒)で乾杯。
中華料理を。途中 台湾省台中市出身のチーフコックの挨拶。
設営(料理・飲物)に 絶賛。 



1 月 14 日 (月)  



雪 雪国の様に 間断なくシンシンと 降っています。

瑞鳳殿ガイド 断念しました。
新成人 晴れ着のお嬢様を瑞鳳殿を背景に 撮影したかったが、自然には勝てません。残念です。


綱村公の命で、江戸・塩瀬饅頭の製法を学び、伊達家御用 一子相伝 仙臺塩瀬饅頭。今はなき 明石屋(明石惣左衛門)の末裔が、その400年の歴史を纏め 出版したと 河北新報は朝刊上段で報じています。

2009年8月12日河北新報に 塩瀬饅頭 更に 伊達家菓子御用達 明石屋と玉屋の関係を 博物館の菅野さんが書かれています。
題名は「せんだい歴史の窓31 銘菓の系譜」 (河北選書 せんだい歴史の窓 137頁掲載)。


2009年8月12日アカトンボに、
「1955年仙台入りした あかとんぼ 当時は「○松最中」が全盛でした。「九重」「政岡豆」の名は聞きましたが贈物には使った記憶はありません。当然「塩瀬饅頭」も食した記憶ありません。

一昔前までは モナカでした。仙台は城下町で茶道が盛んだから お茶屋と和菓子屋が 金澤市に次いで多いと聞き、その様にガイドした事もあります。
3月 宇和島市に短期移住した際のお土産は「○松最中」を贈りました。宇和島城下を探索した際 和菓子屋さんは見かけませんでした。柑橘類と養殖鯛にジャコ天関連が至る所にあり、最中は珍しかったのか 大変美味しいと喜ばれました。

菓子に限定し見ていますが、一時「○の月」が騒がれ 最近は「ズンダ餅」が 若い人に人気の様です。
仙台での「塩瀬饅頭」の製造は終わりましたが 江戸・本家の流れでしょうか、塩瀬総本家がHPで検索されました。試食しなくては。」
と記載しました。

この御縁で 菅野さんから 明石屋の系図と東京・塩瀬総本家の饅頭を頂き、御馳走になりました。ありがとうございます。

仙台明石屋400年の歴史 読みたいと 発行元(022-727-51829に電話しましが 祝日故か応答ありません。
東京・塩瀬総本家の歴史「まんじゅう屋繁盛記 〜塩瀬の650年〜」は、図書館に予約しました。
何れも明日の勝負です。


2日の初買で、ガイド支援機構理事長は 仙台銘菓福袋を バッタバッタと買占めました。孫に「お爺さん 糖尿病になるよ」と言われ ハッ。
急ぎ 親戚・知人に配りました。

残りました饅頭で 雪見酒ならぬ 雪見饅頭で 「銘菓の系譜」を読みます。

依然として 雪は降り続けています。相模・武蔵の国でも 雪が積もっていますと写真が。 



1 月 13 日 (日)  



3連休の中日、寒気は緩み温暖です。
参拝の御客様 全国から怒涛の如くは無理にしても 並波位と予想して。

予想は、当たらないもの ハズレルものです。

9時から11時45分 165分間中 待機時間100分 ガイド2組4人のみ。


「御客様はどちらから?」
「茨城県から」
「伊達家との 御縁 深い所からですね。伊達家の発祥は、常陸の国 真壁郡伊佐の庄 現在の茨城県筑西市中館522 観音寺の所在地です。此処と下野の国 芳賀郡中村 現在の栃木県真岡市中村で、中村城址に遍照寺の所在地です。」

手持ち資料の地図を広げる。

「わかった。下館駅前に縁があり 地理 わかります。
今 僕結城市で 生涯学習やボランテイアガイドの元締に当たる職掌にあります。 
ボランテイアガイドですか?」

話題は ・・・・

結城から仙台迄 300kmで 名古屋までと 同距離、 どちらに 高齢者を案内するか です。 トイレと買い物できるか がポイントで。
70人宿泊できる 宿 あります」

「70人と申さず 100 200人宿泊できる施設 仙台に数あります。ここ瑞鳳殿の売店は 品目が限られますが、停車の都度 買い物楽しみ方 満足される施設 数あります。

瑞鳳殿と仙臺城址の見学2時間に移動時間30分の行程に 有料ガイドを付ければ 案内した御客様(高齢者)は 大満足と思います。 
有料ガイドは 瑞鳳殿のHPに記載されています。」

「ありがとう。先ずは 5月24日 政宗公遠年忌法要に来たい」


佐々文山書 忠宗公書 扁額 説明 終わったら

「家内 書を嗜んでいます。師匠は 黒澤明の映画 冒頭に映される 文字 書の弟子 日展の審査員です」

係る 書の大家 書者名を聞いて 評価が 変わる事はないでしょう。終始 批評はありませんでした。


突然 話題は 世界に飛びます。

「ブランバナン寺院群 世界遺産に行った?素晴らしい よ」

「ハアー 何処の国ですか?」

「インドネシア共和国 です」

「ハアー ありがとうございます」

結城紬の宣伝はありませんでした。

中々 印象深い 御客様でした。再会の機会 楽しみです。



1 月 10 日 (木)  



ガイド養成講座

瑞鳳殿でのボランテイアガイド養成講座始まります。

2月6日、13日20日、27日 何れも水曜日10時から12時迄
 
2月6日、13日は、座学、講師 (公益)瑞鳳殿学芸員
会場 天龍閣(御霊下22-20.瑞鳳寺真迎)

20日、27日は、実技 、講師 瑞鳳殿ガイドの会役員
会場 瑞鳳殿・感仙殿等

27日講座後、修了証交付・ガイドの会入会受付

入会者は、3月中 既会員と実習
4月からのデスネーションキャペーンで 瑞鳳殿ガイドとして活躍して頂く。

瑞鳳殿ガイドの会会員は、ユニホーム・名札着用し、受付他 運営に参加する。


ガイド養成講座の申し込みは、(公益)瑞鳳殿262-6250に 1月20日(必着)まで。


 
門松

仙台市博物館にて、歴ネット企画 仙台伝統門松を拝見。
受付嬢 撮影どうぞ。資料どうぞ。誠に愛想がよい。門松爺さんに見えたのかな。

資料には、
瑞鳳殿は、           1月14日まで 有料
仙台市博物館は、      2月17日まで 樹脂製レプリカ
仙台市歴史民俗資料館は、1月31日まで 有料・樹脂製レプリカ
仙台文学館は、        2月11日まで

由来説明と各施設の写真に、河北新聞・読売新聞(2本)の記事も掲載されています。

樹脂製レプリカは、迫力が足りません。

素材が天然もので、無料で 2月11日(建国の日)まで  見れるのは 仙台文学館です。


秋保温泉・佐勘の門松は、瑞鳳殿の門松を作った 匠集団 の指導によると 意外な方から知らせがありました。
広告で 見た時 「そっくりだ。秋保の邑にも 伝わったいたのか?」と思いました。やはり そうだったのか。







1 月 7 日 (月)  



門松

 
「世嬉の一」(一関市田村町所在)の 蔵元だより 12月15日 http://sekinoichi.jugem.jp/?day=20121215 を ご覧なさい。とある方からご教示頂きました。

一関は、田村家 本拠地です。
再現された仙臺城門松とそっくりです。当然でしょうが。


午後 根白石邑を散策しました。が、表通りには 見あたりませんでした。
瑞鳳殿の門松 製作指導された方宅は あると思いましたが、学芸員Kさんは 口を濁されました。
爺様が訪れ 迷惑をかけてはと懸念されるのは当然です。


後期高齢者になって 門松に興味持つとは 70年遅いと 近辺の人に言われました。その通りです。
大晦日まで358日あります。勉強しなくては。



1 月 6 日 (日)  



年末年始のナガイー 9日間の休みの最終日。
今年1年の武運長久? 商売繁盛を祈願される参拝者で 雑踏の極みと 予想しての 今年の「ガイド初め」に。

祈願者は、元日に参拝されたのか 昨日は500人に至らなかったと。
10時迄 アカトンボに ガイド依頼は、ゼロでした。
11時再び 待機に。

里山歩きのスタイルで高齢の富裕層らしき 50人近くに 完全包囲されました。
アレアレー 何の団体でしょう。一行に アカトンボ現役時代の仲間の顔が。

宮城県ユースホステル協会の仲間で、新春 歩き始の儀 (仙台駅から荒町・愛宕山を経由、瑞鳳殿に。感仙殿から御霊橋を渡り、東北大学片平構内を散策し仙台駅解散の行程)とか。

「団体はガイドしない、個人専門と聞いているが?」
「個人でも 団体でも 御依頼あれば 喜んでガイド致します」

涅槃門10枚の透彫の特徴 例えば 真赤な牡丹の花 見る位置で 7分咲から 画面全体 満咲に見える等 ・・・丁寧に説明致しました。

仙台の高齢者生涯学習のトップ「豊齢学園」の卒業生もおり、
伊達家領内にお住まいで、伊達家・瑞鳳殿についてそれなりの知識をお持ちの方々です。

社会的に完成された人々なのか、
「尻取り質問」 (説明前に質問する、説明直後に再生させる等)は無く、要点の取りこぼしなくガイドとして満足の出来。
集合写真に入る様に 求められたは 御客様も 満足されたと理解します。


「弁当 使いたい。拝殿は マズイですよね}と幹事。
神社拝殿で 直会をした と 見た・聞いた・試した事ありません。沖縄では 一族の墓地で先祖と宴を楽しむと聞いていますが、仙台では?
「事務所で許されるか?」

事務所の回答は、予想のとうり。
「四阿では。 でも 寒いでしょうから 売店喫茶コーナーを どうぞ」でした。



朝 ガイド前  復元・仙臺城門松を担当されたK学芸員に 丸森町大内の邑伝統門松見学の内容から 暫し 門松談義。
瑞鳳殿の復元・仙臺城門松は 14日迄。 
晩には 大崎八幡宮の松焚祭に?(未確認です)

本日ガイドした御客様 全ての方に 復元・仙臺城門松を説明しました。 
宮城県ユースホステル協会の皆様は、新聞・テレビを知っており、実見され 感激されていました。



事務所に アカトンボ宛ての親書が届いていました。鋏をお借り 開封。
昨年末24日にガイドをした 静岡県焼津のお嬢さんから、「丁寧にガイドして頂き、新聞取材を受ける機会に恵まれ、体験をPCで 友人等に紹介し 楽しんだ。 たくさんの感謝をこめて」のお手紙。 恐縮の極みです。

更に
国宝 久能山東照宮
日本平
三保の松原散策マップ
のパンフが同封されていました。

実は、彼女 久能山東照宮等 未だ訪れていなかったのに 遠い仙臺で ふるさとの名所が話題になり 驚き 早速 参拝されたようです。
アカトンボのガイド 郷土を愛するきっかけになった様です。嬉しい事です。


読者の方から 「アカトンボのガイドは 日祝日のみか?」 とお訊ねのメールを頂きました。

日祝日の午前を基本としており、ご依頼頂いた順で ガイドしております。
もし、アカトンボを御指名頂ける様でしたら ご希望日時をメールください。ご希望にそう様に調整いたします。

尚、土日祝日 場合により平日も アカトンボ以上の仲間 がお待ち致しております。


「ガイド無料です どうぞ」の案内板 公益財団法人瑞鳳殿のご配慮で 一新しました。



1 月 3 日 (木)  



天皇・皇后 両陛下に年賀

両院の国会議員は2日 参内し 年賀を申し上げたそうです。
その際の服装について、宮内庁より次の様に注意されるそうです。


『一、午前十時十五分から同十時四十五分までに、皇居正門からご
参入下さい。

一、服装 下記の通り

宮中における最も格式ある儀式であり、背広等通常着用の服装はな
じみませんので、ご留意いただけるようお願いします。

男子:燕尾服、紋付羽織袴、これに相当するもの制服等。(モーニ
ングコートも可)
女子:ロングドレス、帽子、手袋は随意、白襟(白羽二重の襟を重
ねる)紋付(色留袖、訪問着)、黒留袖も可、
紋の数は随意
これらに相当する制服等

一、勲章着用

一、終了は午前十一時三十分頃の予定です。』
(神奈川県選出自民党議員河野太郎メルマガより)

男子は、紋付羽織袴。女子は、白襟紋付(色留袖、訪問着)が 和服の基本となっています。


さて、瑞鳳殿の年賀拝礼式については、Y 仙台市議会議員は自身のブログで 次の様に 伝えています。

拝礼式は、公式行事となるため、
男性は裃に帯刀姿、(+笠着用)
女性は政宗公愛用の陣羽織を模した水玉紋様の羽織
を着用する正装です。


アカトンボの補足です。

宮中参内と異なるのは、紋付羽織袴は伊達家ご当主のみ、他は裃に+笠着用です。女性に、白襟紋付色留袖の方は居ない事です。

男性は、裃に+笠着用です。この笠着用については、果たしての異論があるのを承知の上、着用しています。
帯刀は、申し合わせが無く、太刀・刀と長短があり また、1本と2本差しと バラバラです。

女性は、五色乱星紫色地陣羽織風を羽織ました。大方は 春衣装(見事な色合い)の着用です。


余分な話
城下に呉服屋・和装履物・小物を扱ってお店が 数あります。
「良くぞ 商売できている」と ある呉服屋の役員に話したら「ハイ ご城下で それなりの需要があり、伊達領のみならず隣領からもお買い上げ頂いております」と聞かされました。 
瑞鳳寺での毎月の茶会は盛大で 相馬からも和装で参加しています。仙臺藩志會のご婦人と この方々が 呉服の伊達文化を支えて いるわけです。

生麦事件
行列の先頭を横切る、張り付く方が おりました。
文久2(1852)年8月21日14時頃 薩摩・島津久光の行列の先頭を4人の英国人が横切ったのが、事件の端緒であります。
時代は変わりました。でも この行列は 伊達本家始め 岩出山伊達家の当主、伊達家家臣の末裔と 早々たる方々 威儀を正しての行列です。内心忸怩たる思いの方が居たようです。
「生麦事件 知らないのか」とポツリ


果物ナイフ位しか目にしない、また、使えない子供達には、サムライ姿は 宇宙人であったか?
腰に差した刀。剣払い。全て異現示の世界。驚きであったらしい。
「それは、なにか? 切れるのか?・・・・・・」の質問が あったそうです。



1 月 2 日 (水)  



瑞鳳殿新年拝礼式

瑞鳳殿新年拝礼式が11時より瑞鳳殿本殿で挙行されました。

伊達家十八代当主   伊達泰宗 様
仙臺藩志會会会長   伊達洋司 様
(公財)瑞鳳殿理事長  伊藤敬幹 様 から お招きを頂き 不肖 アカトンボは参列致しました。

式は、仙臺藩志會会会員60余名 男性 裃・帯刀  女性 五色乱星模様陣羽織 着用。

「仙臺藩志會」の幟を 支倉常長13代常隆氏が掲げ、
正宗山瑞鳳寺 鎌田大和尚・和尚・小和尚に、
伊達家十八代当主伊達泰宗様は紋付羽織袴、
更に、裃・帯刀の会員、五色乱星模様陣羽織着用の会員、
最後に和洋装の会員の順で、
62石段を粛々と登り、涅槃門を潜り、本殿に到達。

正宗山瑞鳳寺 鎌田大和尚・和尚・小和尚による 読経。

焼香は、伊達家十八代当主様、殉死者後裔会会長、仙臺藩志會会会長、大年寺会会長、(公財)瑞鳳殿常務理事の順で。

挨拶は、伊達家十八代当主様、仙臺藩志會会会長、(公財)瑞鳳殿常務理事から頂きました。

仙臺藩志會会会長挨拶 全文

 ご参集の皆様、一般参列者の皆様、どなた様も松の緑もこまやかに、新しい年をお迎えのことお慶び申し上げます。

 この御廟は、藩祖伊達政宗公の御霊を祀るため、仙台藩二代忠宗公が建立されたものでありましたが、昭和20年7月戦災のため焼失し、昭和49年宮城県、仙台市、県内各市町村を始め、多くの人たちのご協力によって復元工事が行われ、昭和54年に完成したものでございます。

 記録によりますと、仙臺藩志會が元旦拝礼式をこの地で行いましたのは、昭和56年1月1日の事でありまして、それ以来私たちは欠かさずこの行事を続けてまいりまいた。

 私から申し上げるまでもなく、藩祖伊達政宗公はこの地に仙臺城を築城し、町割りを行い、産業を興し今日の百万都市建設の礎江となられた方であり、政宗公あっての仙臺と申しても過言ではなかろうかと存知ております。

 仙台市は、1年10ケ月前に東北を襲った東日本大震災の復興途上にありますが、1611年12月2日の慶長三陸津波において、仙台領だけでも1283人の溺死者を出した大災害にもめげず、江戸城西の丸造営のため、江戸詰であったにもかかわらず、領地に帰り短時間で復旧を成し遂げたと聞いております。その手腕に学び、この復興を急ぎたいと念じているところであります。
 
 仙臺藩志會は、総裁であられる伊達家十八代御当主伊達泰宗様との緊密な連携を図りながら、今後も政宗公のご遺志を継ぎ、伊達文化の継承と発展に尽力致したいと考えております。

年頭に当たり、皆様のご多幸とご発展を祈り、ご挨拶と致します。
平成25年1月2日

仙臺藩志會会長 伊達洋司 代読 副会長 大場光昭


涅槃門前で、仙臺藩志會会員7名による 剣払い 2番。
 
最期に、恒例の記念写真を アカトンボが撮影いたしました。

再び、隊形を組み 満足感を抱き 下段。正宗山瑞鳳寺山門前で 解隊。
無事 仙臺藩志會主体の瑞鳳殿新年拝礼式は 終わりました。


今年は、慶長遣欧使節が慶長18(1613)年月浦を出航して 400年目の節目の年でもあることから、読売東京本社文化部ほか マスコミ各社多数が取材に訪れていました。


偶々の一般参列者は、幟と裃・陣羽織の行列を目にし、「仙台に この様な会が まだあるのか。仙台は奥が深い」と洩らされた方が居ました。

ガイド仲間 アカトンボを含め 3名が拝礼式に参列しました。
また、KさんとSさんは 五色乱星模様陣羽織風 ユニホームで ガイド始 をされました。



1 月 1 日 (火)  



あけまして おめでとうございます

本年も 宜しく 御指導 御鞭撻をお願い致します。





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