2014年1月の日誌
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1 月 29 日 (水)  



寒気厳しく 参拝客も僅少なので 老骨保護の為 春温暖になるまで ガイドは土・日曜日のみに。

本日 瑞鳳殿に参りましたがガイドに到りませんでした。

瑞鳳殿ガイドの会 役員会を開催
1.現地学習会(3月19日開催) 準備状況確認
2.総会(3月19日開催)開催準備確認.
3.JTBガイド実施要領確認
を行いました。

余話として 2月は勉強会の開催が連続すると話題になりました。

各自が参加している生涯学習の講座以外に

ア.2月1日 仙台市史セミナー (仙台市博物館)  仙台城の御殿
イ 2月8日 博物館友の会 古文書講座  輝宗自筆書状
ウ.2月8日 仙台郷土史会  戊辰戦争で散華した仙台藩兵士の残影
エ.2月9日 上広歴史文化フォーラム 旅 人はなぜ行くのか
オ.2月16日 博物館ガイド講座 御仏を今に伝える斑鳩の甕
・・・・・



1 月 27 日 (月)  



公益財団法人瑞鳳殿との懇談会

定例の瑞鳳殿役職員とガイドの懇談会が開催されました。

時刻 14時30分から15時30分
会場 瑞鳳殿参道 洋食店
出席 瑞鳳殿役職員 6人 (常務理事・事務局長、次長、主任、学芸員等)
    ガイド18人 (1年以上経験者10人、1年未満8人)
挨拶
    公益財団法人瑞鳳殿常務理事・事務局長
    年間参拝者15-16万人で推移している。
    参拝者数の回復に諸策をして回復に努めている。
    ガイドの努力に感謝する。

    瑞鳳殿ガイドの会会長
    昨年2月 公益財団法人瑞鳳殿の英断で 養成講座を開催した。
    結果 ガイド仲間 4-6デスネのガイド日数が 延363日 ガイド人数8066人と 何れも 対前年比 2倍になった。

    ガイド控え所の設置、御湯・御茶・麦茶の常時配置と ガイド環境の整備を頂き感謝です。

    学芸員の調査・資料提供に 親切・迅速な対応に感謝します。

    今後も 喜ばれるガイドに努めます。温かいご指導。ご援助をお願い致します。

出席者自己紹介
    氏名のみ (会場の都合から 時間限定で)

瑞鳳殿13年度事業報告
    資料配布  詳細記載省略

懇談 (順位不同)
1.企画展 お客様にも ガイド仲間でも 好評であった。ついては、
 @ 事前と期間中の広報が不足では?
 A ガイド対象に 解説セミナーの開催を。
 B 古写真等の出版を。

2.図書室に貴重な蔵書があると聞いています。閲覧・貸出して頂きたい。

3.経ケ峯一体での 工事の際 概要を事前に報知して頂きたい。

4.災害時のガイドの心得を 明示して頂きたい。

5.本殿前 砂利不足 改善して頂きたい。お客様が転倒し重大事故の可能性高い。

6.高橋是清石標 通年 参拝者見える様にして頂きたい。

以上のガイドの発言に 全て 前向きの回答を頂きました。

常務理事から、
年賀拝礼式・遠忌法要の際 積極的に参加して頂きたい。

ガイドの会会長から、
礼遇向上に感謝します。(拝殿内に 同席が認められた)


労使交渉ではありませんが、御客様の生の声に接している者が 施設管理責任者に 直接伝える 最高の機会です。
時間が、1時間限定の為 発言損ねた会員が居た点が 残念の極み。



1 月 26 日 (日)  



寒の割に温暖です。

でも 参拝者は 少ないです。ガイド仲間も同様です。寒修行ならぬ寒休 のようです。
ガイドは3組5人のみ。

多賀城からご夫妻。8年程 関西に住み帰って来た。
関西で名所旧跡を見学に暮れた。地元に戻ったら 地元の名所旧跡の何も知らに気づき 振り返るべきと来ました。と熱心です。

一緒のお客様 宮城県北 伊達家御一門の地から 初めて訪れたそうです。
始めから 反応が異なりました。不適切発言の連発です。途中で帰られました。
季節的に「春遠し」なのに。


昨日 博物館で古文書講座「御家騒動」が 倉橋真紀学芸員が講師で開催されました。

「とっても 理解容易で 綱宗公隠居から刃傷事件勃発までの10年間 綱宗公の心情を説いた。3月のガイドの会 (伊達家御一門の知る)講座 楽しみ。アカトンボさん どうして昨日 欠席したの?」
と S嬢からの オコトバ。

納得。仙台藩志会主催伊達学に 講座魔 K嬢 1時間遅れて参加しました。
「ワタクシ お忙しいノヨ」と申しておりました事情 溶解しました。
K嬢 午後 2講座掛け持ち聴講です。


宇和島の郷土史家で 藩物語 宇和島と吉田の2冊の著者 宇神幸男氏の講演が2月27日仙台市で開催されます。
如何ですか と アル筋から お誘い頂きました。
会費2500円です。並の歴史講座に比較すれば 高額です。が、宇和島に行くつもりであれば 廉価です。
内容が楽しみです。参加予約しました。


梅 臥龍梅 蕾は堅いです。
本日から 定点観測を始めました。
写真 表紙に掲載します。



1 月 24 日 (金)  



古代陸奥國 ガイド養成講座

中々気宇壮大なガイド養成講座の第1回目に参加しました。
昨年末 ご案内を頂きました。先着40人打ち切り。ガイドしない人も申込みOKとので 早速申込みしました。

数日前 「開催します」と電話があり 電話当番が電話内容を伝える際「この会 開催可能か?危惧しながら 開催する団体か?」と言いました。
なるほど。通常は 定員超過した場合 断りの電話ありますが 1人でも応募があれば 開催するのが当然の世界からは 不思議な開催案内でした。 

参加者の発言に、「1人でも 応募があれば 開催する は あたりまえ 当然では ない団体もある」 がありました。
この方 ある地方自治体の募集に応募したら 1名しか応募居なかった。3人揃う迄 待って欲しい と言われ 早3年経過したが 未だ 開催されない と洩らしていました。

地方自治体の募集で ?????の驚くです。


さて、本日から全5回の講座は、
主催
仙台市教育委員会文化財課
陸奥国分寺薬師堂ガイドボランテイア会
多賀城市観光協会
史都多賀城観光ガイドボランテイアの会
後援
多賀城教育委員会文化財課
協力
公益財団法人仙台ひと・まち交流財団
でした。

講師は、仙台市と多賀城市の文化財課の係長クラスです。
講話の内容は 信頼できるでしょう。

陸奥国分寺薬師堂跡・郡山遺跡・多賀城跡 全て 石のみ の遺跡の地です。 
訪れた方々を如何に満足させる ガイドをしているか その技法を学ばさせて頂きます。

参加者には 仙台コンベション協会登録 仙台市観光課公認 団体 関係者が 多数参加して居ました。

古代陸奥國をテーマにする学習会に、江戸時代初め 政宗公以降 伊達家3代を中心とする、瑞鳳殿ガイドの会から あかとんぼを含め 3名の参加です。



1 月 20 日 (月)  



暦上 大寒。
体感上 中寒程度。

有料ガイド団体の月例学習会。
主催者曰く 「講師の名前で 50人を越える参加」と。
三方一両得です。結構な事。

講師 菅野正道仙台市史編さん室長
演題 伊達家の正月料理
内容 ・・・・・

あかとんぼ がメモした事項
1.天正19年岩出山に移封し上京前 狩をしているが その目的は なにか?
 軍事訓練は当然として、新領地の巡視と共に 新領民に 領主である事を認識させるに ある。

2.正月行事として1月14日謡始がある。
 謡は、上級武士の必衰教養 嗜み である。
 屋敷に 謡の舞台 必ず設置された。

3.2日迄 登城し 祝を述べる。太刀目録を献上した。
 太刀を献上した時代もあるが、太刀代(タチシロ) 馬代(ウマシロ)を献上した。
 その額 幾ばくか?
 500文 1両の10分の1
 1両はいくらか? 難しい質問 10〜50万円 時代で異なる。

4.正月の献上物は?
 鉄砲玉・矢・木レ(キホウ)など。尚 木レは鑓の柄では?

 献上される品目は理解したが、年末賞与・お年玉的に 殿から家臣に下賜される物は?
 質問しなかったので 話はありませんでした。

5.政宗公の正月料理は、木村宇右衛門覚書に基づき、仙台市博物館等の協力で東北新幹線TrainVertが2003年12月再現した。
 この本に拠れば、
 1番 奥田餅 菱餅 二ツ
 2番 御精進御膳
     1.おろしに布海苔入
     2.御汁(布海苔)
     3.おり昆布
     4.納豆
     5.御飯
     6.香物
     7.御湯
     8.白鳥の御板
 3番  1. 御組付  熨斗鮑 勝栗 昆布
     2..銚子
 4番  1.酢大根
      2.御雑煮 櫛鮑 鰊 牛蒡 串海鼠 豆腐 大根 黒豆 菜の茎
 5番  1.おろし膾   鮭氷頭 鰤子 海鞘 布海苔
     2.海鼠腸
     3.御汁白鳥(山の芋 菜)
     4.葱和物
     5.赤貝濃醤
     6.納豆
     7.御飯

 これについて、他の大名との大きい差異はない。中世武家儀礼を基本的に踏襲? との事。


質問として、
伊達家では、1月16日 8月16日 お墓・お寺参り する風習がありますか?

伊達成實公の御霊屋を参拝した際 御霊屋の参拝と同時に 自分の お墓・お寺参りする方が多く見られました。
また、「8月16日には10時から法要があります」と町役場職員が申していました。
なお 伊達成實公の命日は 正保3年6月4日です。1月 8月には結びつきません。

「初めて聞きました」と 菅野先生の回答でした。
町役場職員は、「昔から」の回答のみ。

角田市に古里がある方は 「(親に1月16日 8月16日 お墓・お寺参りする)と 言われて居ました」との事。
伊具郡に古里がある方は 本日不在でした。今度聞いてみます。

県南濱通の風習なのか?
あかとんぼ には 無い風習です。



1 月 19 日 (日)  



青空 
日向を求めて・・・・・
昼頃 白い10mm位の破片が 舞い降りてきました。妙齢のお嬢さん 白魚の様な指で「なにかしら?」と呟いていました。
作並温泉方向に走りましたら 吹雪き です。
仙台市青葉区は広大です。

昨日同様 出足は遅いです。
出勤は 冬時間制にしました。

ジックリ聞くタイプのお客様が連続。

女子高校の先生でしょうか チラリ 光る発言される女性が。
 「1189年」に 「それは 1192年鎌倉幕府成立 3年前ですネ」と申す具合です。
この様な 厳しい反応のある お客様が 好みです。


四阿で休憩中 ジャンバーの男性 駆け足で向ってきます。何事???
「○○タクシーです。ガイド頼みます。大阪のお客様で次の予定があります。○○分まで」

15分間です。

ご婦人 一眼カメラ 撮りたがっている様子。3ポイントを紹介撮影して頂ました。「ヨイ写真撮れた」と喜んでくれました。
涅槃門・本殿等の目玉を説明。

この石段とこの龍頭が 創建当時からの遺物です。
との説明で 時計は 約束の時間。
運転手氏 ホットした表情で 案内し 去って行きました。

プロが居るのに ボラガイドが無料でガイドする プロに手伝いするのは 理屈に合わない 不合理だ と申す方おります。
現役社会の理屈は そうかもしれません。 

私は 隠居が 社会から必要とされた の喜びが先に立ちます。

瑞鳳殿にお詣りに見え ボラガイドの説明を聞き 得る所があった。ヨカッタ。また訪れたい と言って頂けるガイドを目指しています。
故に、
昨日のガイドする前に「態度悪い」と怒鳴られたは、 ガイド有史以来 初めての事件で 精神的ショック多大です。
相手はお客様です。神様 仏様ではありませんが お客様です。


某団体の長老が 若者(50-60代)10人近くを引き連れ表れました。
「先輩お元気で。今日は一族郎党を束ねてのお参りですか?」
「初めて教師になった時の教え子達です。儂を激励に集まり 来てくれたので 案内して来た」 ご機嫌麗しいです。
「何年振りの授業ですか ゆっくり案内してください」

仙人に至らない位の白髭(ヘゲ)、両手に竹杖をつき トボトボと登壇していきました。
昔 色々 手を煩わした学童が今 先生を介護しながら 講釈を 聴く そして 何十年前を思い出す。 
教師と教え子の 太くて長い 絆。麗しき師弟愛。
共に至福の時を味わっていました。



1 月 18 日 (土)  



晴 温暖です。
ジーと待機出来る気温です。

参拝者の出足は鈍いです。
日向ボッコして待機するか。境内1周です。

感仙殿・・・御子様御廟と廻り 瑞鳳寺山門前 
本日 タクシー1台のみ待機。

「暫く 元気? 待機少ないネ」
「正月この方 サッパリ。皆 他に行ってしまった」


日本人離れした若者 「ガイドして」
「日本語でのガイドで よろしいですか?」

本殿迄 言葉を選びガイドしました。
「わかりましたか?」
「わかりました。2年前日本に来ました。」
和文パンフを所持していたので 英文パンフを 資料館見学中に届けました。

英会話できる TTさんと メモしながら質疑を 控所していました。
彼のアドバイスとして「(ガイド無料)の看板に 英文で その旨を付記すれば 安心してガイドを頼める」と英文をTTさんに渡して去って行きました。

欧米はチップの世界です。無料を明示していないと 不安らしい。
TTさんから 如何ですか と問われました。

英文で(ガイド無料)と表記するのは容易です。
表記して ガイドを依頼された時 英語でガイド出来る者が不在の場合 完全お手上げ。羊頭狗肉になります。
英語でガイド出来る者が 常時待機しているまで 時期尚早 です。
と TTさんの答ました。
日本語以外 堪能な方 ぜひ 一緒にガイドしませんか?
英会話学校に通学の方 絶好の学習 習得の場所と思います。お待ちしています。


お客様から 怒られました。

若者に英文パンフ届けた時点で電話があり 拝殿の隅 お客様の動線外で対応して終わった途端 本殿裏から現れた男性。
言語不明瞭です。聞き返したら 「態度悪い」と 叫びだしました。
即 Aさんに 替って貰いました。

通常であれば 参拝し 資料館に向います。極 稀に本殿外周を一巡される方います。
電話していた場所は お客様の動線外です。進行に邪魔にならない所です。「態度悪い」には 当惑しました。

10数年目で初経験です。Aさんの立会いで 事務所に報告しました。


週刊朝日から 年賀拝礼式の写真多数と掲載誌を受け取りました。
写真で見るのは 雑誌グラビヤとは 異なります。迫力が違います。
参拝者に 手持資料として 見て頂きます。



1 月 17 日 (金)  



亘理・伊達家家紋

渡里町郷土資料館によれば、
1.三つ引両
2.竹に雀
3.雪薄
で、雪薄は享保8(1723)年 5代吉村公から拝領した となっています。

.竹に雀は、基本的に .竹に雀ですが 進化したと申すか 変化しています。
訪れて 違いを確かめて下さい。

以上 昨日の追記

本日朝刊に 
「昨年、ボランテイアで伊達政宗公の霊廟、瑞鳳殿の観光ガイドをするようになって、全国から観光に訪れる人々との対話が何より楽しくなった。一緒に写真を撮ったり、お礼の便りを頂いたりして元気をもらっている」
と ガイド仲間が投稿しています。



1 月 16 日 (木)  



伊達成實 

政宗公家臣の双璧 片倉小十郎と伊達成實。
伊達成實は、1679年に生まれ、1646年79歳で亡くなった。
政宗公没後 10年後です。

亘理郡小堤邑大雄寺に葬られました。

その 御霊屋が 開扉され、「伊達成實木造彩色甲冑椅像」と内部が拝観できる の情報がありました。

本来は、U氏を誘うつもりですが、諸事情で誘えなく、支援機構理事長に同行を求め 参拝・拝観してきました。

御霊屋は、方一間(ホウヒトマ)の寶形造。
正面・側面とも2.09m、正面 桟唐戸、内部 板敷。廻縁勾欄、屋根 露盤寶珠 原型は茅葺(現在銅板葺)。
正保3(1646)年創建。1997-99年解体・修復工事を施工。

伊達成實御霊屋・伊達成實木造彩色甲冑椅像は、宮城県指定文化財
伊達實元御霊屋・伊達實氏御霊屋・亘理伊達家歴代墓所は、渡里町指定文化財

これら、亘理伊達家が1870年北海道移住後、残された人々が維持・管理をしていた。
1996年亘理伊達家当主 伊達俊夫様(北海道伊達市居住)が、3霊屋を含む墓所を亘理町に寄贈されました。


透明テントを建て 役場職員3人で対応しています。
町人が 続々 参拝に見えます。
甘酒の饗応しています。寒気厳しい最中 最高の馳走です。馳走になりました。

町の広報誌に掲載するので撮影して良いか? に 快諾。
「インタービューに応じます」に 「その必要ありません」 と断られたので、「町郷土資料館の広報誌で 本日の開扉を知り、瑞鳳殿ガイドの資料蓄積に仙台から来た」とカッテに語りました。

「町役場出来た時(???)から 1月15日と8月16日 公開しています。8月16日は法要が10時からあります」
「町郷土資料館見学されます。スタンプあげます。町郷土資料館でもスタンプ押せば お土産があります」

町郷土資料館 簡潔に理解容易に 展示されていました。
気分的に 豪華なお土産を頂きました。


町が なぜ ここまで やるのか?
「亘理伊達家は 亘理の歴史にとって欠く事の出来ない存在である」
と パンフに明記していました。了解しました。



1 月 14 日 (火)  



新年会

瑞鳳殿ガイドの会 会員30余人。任意の日取・時間で 自己判断でガイドをしております。日時がバラバラで 会員同志で語る機会が少ないの現状です。

昨年は、会員の知識の向上(蓄積)と交流の目的で、伊達家御一門涌谷・登米の伊達家の御霊屋参拝と要害(城)址の見学を バス借り上げで実施を計画しましたが、台風襲来で直前に中止した経緯があります。

年末は、それなりに多忙で時間が取れない。
それでは、早い機会に新年会で 仲間間の交流をしようとなりました。

現役で活動している仲間は 「3連休の翌日 4日続きは休み難い」と申しておりました。理解できます。
ガイド目的の会が 一番参観者の多い 土・日・祝日に ガイドを全員休むのは 如何なものか?

から、年始は、松の内 となり 本日 昼 新年会を開催しました。

会としての行事・連絡事項があり、新年会としての祝宴。
会 半ばで 全員が それぞれの 思いを発表されました。

会員から、「瑞鳳殿ガイドの感想を 新聞に投稿した。数日中に掲載されます」と発表がありました。
明日から 新聞の配達されるのが 楽しみです。


週刊朝日 本日発売号に 2日の新年拝礼式が 全1頁で 掲載されました。
赤い枯もみじ葉に 雪が積もった 背景です。
花が 大木に咲いた感じ。冬でも 花咲かせ爺様 仙臺にいるのか と言わせる背景での写真です。

さすが 職業写真家  プロです。

頁の関係か 瑞鳳殿ガイドの会会員の晴れ姿 掲載されていないのは 残念です。


瑞鳳殿に復元された「仙臺城門松」は 本日夕刻限りでした。
今晩は 「仙台名物ドント祭」です。この門松 そちらに移動しました。
今年12月末 再現されろまで 暫しの別れです。



1 月 13 日 (月)  



晴天白日 空は飽く迄澄み切っています。
連休3日目 瑞鳳殿に出ける準備。

路面は凍結 カチンカチンです。駕籠もカチンカチンです。
コケレバ一発アウトです。年寄りの冷や水 です。

風は冷たいです。身を切る感じです。

日誌 昨年の今日 お客様僅少とあります。
昨日 寒さ故 お客様 そそくさと参拝 ガイドの依頼僅少でした。

本日のガイド 断念しました。



ボランテイアガイドは、自分の心身の健康維持の為 行い 併せて社会の為 行うが 目的であると思います。
故に 体調・気象条件を勘案 自己責任で 行うものと理解して居ます。

神社の祭典での露天商と 基本的に同じ立場です。全て 自己責任です。

瑞鳳殿ガイドの会は この考えから 年齢・性別はもとより 他のガイド団体に属していても 瑞鳳殿で懸命にガイドをするを表明された方を受け入れています。

2013年2月 仙台市と瑞鳳殿の 強力なご支援を頂き 養成講座を開講 多数の仲間を迎えました。
新鮮な空気 活力を持ち込み頂きました。

ボランテイアガイドの会は 小さいながら会と名乗れば 組織 です。
新鮮な空気 活力を持ち込みは 組織に活力を齎しました。

組織の活力の維持と向上には 若い頭脳による 決断と実行の力が 必要と思います。

老齢と長期間は 知らず知らず 老害を齎すます。
以上の思いを 長年コンビを組み 助けてくれた Uさんに語りました。

Uさんと意見の一致をみました。
早い機会に 公表し 実現(会長・副会長の交替)を図ります。

以上 新成人ならぬ 老ボランテイアガイの誓いです。




1 月 12 日 (日)  



連休中日 気温温暖 

されど ガイド依頼される方 僅少。
ガイドの目的にの ひとつに、健康の維持があります。

寒気の中 村外れ地蔵様の如く ジーイと立って待っていると 寒いです 正に地蔵様になります。
一緒に立ち番していたTさん 62段を覗き込み

「お客様 ゼロです。登って来ません」

然らば 足腰を鍛え 体温の上昇を期して 感仙殿・善應殿・妙雲界廟の巡回に。
瑞鳳寺山門前 待機タクシー ゼロ。
坂道 登って来る人も ゼロ。

本日 仲間
NK,HO,KA,A.TIの各氏6人が待機、昼からK嬢、KU,OO,が加わりました。重厚な布陣です。


午後 多賀城に移動。

主催 東北歴史博物館 
講師 古川一明 学芸員
演題 埋もれていた戦国時代 砂金氏の城とその城下 

砂金氏 何と読みますか?
サキン氏では ありません。

この地名があり 邑が あるを聞いていましたが 詳しい事 知らないでいました。

我が国最初の産金地に この姓の方 沢山いる と ガイド仲間のS氏が 参加していて教えてくれました。

講師 冒頭 この姓の方 居ますか? に 1名 挙手しました。
講話の主人公の末裔でしょうか。

砂金氏は元亀・天正(1570-1591)年間、葦名・最上・上杉等の間の微妙な位置で活躍。元和元(1615)年 伊達家 「一族」に、しかし、元禄14(1701)年後継無く断家。その後、支流が50貫「太刀上」に。(この項 仙臺人名大辞書にて補) 


聴講生は 館の予想以上らしく 10分前で 配布資料 ゼロに。
あかとんぼ も10分後に受領。
館は 精々20人位に予測してのでは。マア 嬉しい誤算で ケッコーでした。

参考文献は
1986.87年 宮城県教育委員会刊行「東北横断自動車道遺跡調査報告書1 2」で PCから 全文がダンロード出来るそうです・

さて 砂金氏は なんと読みますか?
正解は イサゴ です。



1 月 11 日 (土)  



晴天 青空 でも 極寒

札幌からのお嬢様 「寒い 札幌より寒い」

埼玉のお嬢様 「寒い」 と申しません。仙台の最高気温が埼玉の最低気温と ほぼ同じを TVの天気予報で見て 覚悟して来たらしく。

「昨日 白石を見学された」
白石を見学して 仙臺に入り 瑞鳳殿・仙臺城址と 回るのコース設定は 歴女 の定番です。

あかとんぼ の評価で 80点の歴女です。
なぜか?

白石城と片倉家廟所を 見学・参拝されたそうです。
が、
菩提寺傑山寺と樹木葬の先覚 樹齢400年の杉の大木の片倉景綱のお墓を参拝されたいませんでした。
菩提寺傑山寺に片倉景綱の銅像が所在するのに。

仙臺・青葉神社の祭神は 政宗公 であり、宮司は 片倉景綱の末裔です。
等を事前調査されて 居ないからの評価です。

ともあれ、2代重長公が 瑞鳳殿に寄進した石燈籠を紹介にとどめました。

なぜ?
歴女 のプライドが ガイド依頼を許さない アリアリでした。
ですから 涅槃門の透かす彫の彫刻、政宗公御木像も見ない・参拝しないで帰られました。


ある地方で、年末 独眼竜伊達政宗が放映されたそうです。
それを ご覧になり 政宗公に会いたいと 参拝に 見えたかたおりました。

事務所で 熱いお茶を馳走になりながら 「TVで 政宗公が放映され 会いたくなって 遠路 参拝に見えた御客様おりました」と報告したところ、
こんな話が

政宗公役の「渡邊健」は はまり役であった。政宗公役で 役者としての地位を確保したのでは。
恩義を感ずる 特別の思いがあるらしく、混雑しない時間帯に 参拝に見えていまし。


今日は、本殿は開扉されていません故 あかとんぼ手持資料の 政宗公像をご覧頂きました。
果たして イメージは一致したでしょうか。



1 月 10 日 (金)  



朝極寒

邑の市民センターで「仙台藩 明治維新から仙台市誕生迄」の演題の講演会があるとのご案内。

演題が「明治維新から」となれば 博物館の栗野伸一郎学芸員かなと期待して参上。
講師は 水野沙織学芸員。

がっかりは しません。同じ時代を語るにしても 講師が変われば 内容が変わります故。

この地区で生れた方いますか?の 先生の質問。
先生 本気で 質問したのでしょうか? 1本の腕も上がりませんでした。

先生も 御承知の通り この地区は 荒巻字鳶巣山と言われた 低山が連なり 伊達家の狩猟場でした。

その中に所在する古社「鳥滝不動尊」は、綱村公が鹿狩りにお出でになった際、一羽の白鳥を発見、眼を凝らすと 一本の幣束で 石仏であった。で、綱村公 「鳥滝不動」と名つけよ と命じられた 由緒ある不動様です。

眼病に御利益があると 知る人知る 有名な社です。

5・6年前 視力の衰えた爺様を 連れた嫁様らしき美人(形容詞)が、「伊達様の時代から 眼に効く 不動様あると聞いてきました。どこでしょうか?」瑞鳳殿を訪れた事があります。

瑞鳳殿学芸員は「サアー」と答えたらしい。
若い人故 眼は目医者。不動様で 治れば この世に医者は要らないと 思ったかか?

後で。アカトンボさん 知っている? と問われ
「それは、あかとんぼ邑の 中山鳥滝不動尊 です。治るか 治らないか その人の信心に係っています」と 答えています。


1964年から 山を切り拓き 宅地造成されたのが 此の地帯です。今を去る事50年前です。
その地に 農家が2軒ありました。周囲は削られ 宅地になり 以後 ボツボツ 人が住みだしました。

この2軒の家族以外 生息して居たのは 狼・兎・鼠等の野生動物だけであったはず。

「この地区で生れた方いますか?」の先生の質問に手を上げれるのは、この2軒の家族と 狼の末裔でしょう。
宅造後の移住者で 拓かれた町で、参加者 60代 70代ばかりです。


1601年 政宗公 築城・仙臺開府以来 1868(慶応4)年から 1989年政令指定都市 指定までを本論として
 123年を92分で 語りました。
1年を45秒での 語りです。
お疲れになったのか 質問は 受けませんでした。


質問したかったのは、「版籍奉還で全ての土地が国有地になった。買えない人は土地を空け渡し 出で行った」と語られました。

仙臺城や江戸屋敷等 国有財財産法上の 公用財産・皇室用財産・公共用財産であって新政府に没収されたが  普通財産に相当する 侍屋敷・町人の家屋・百姓屋敷は 没収・売り渡しは 無かった。そのまま 安堵された と聞いている。が 果たして?
土地 全て 国有は 共産主義国家のシステムでしょう。



1 月 6 日 (月)  



門松

政宗公も ご覧なった? 仙臺城の門松?
見れると あかとんぼは言うが 何処で 何時まで との 問い合わせがありました。

瑞鳳殿 で見られます。
天然素材で 作られています。
鮮度の問題があります。既に14日を経過しました。
笹は 幾分枯れ気味です。
後7日 14日迄です。



瑞鳳殿以外で 飾られるのは、「歴ネット」加盟施設の

天然素材で 飾られるのは、
仙台文学館 2月11日迄
縄文の森   1月22日迄

樹脂製レプリカは
仙台市博物館   2月11日迄
戦災復興記念館 2月9日迄
歴史民俗資料館 1月26日迄


あかとんぼ としては 瑞鳳殿を お勧め致します。
11・12・13の3連休 午前 お待ちしております。



1 月 5 日 (日)  



天気晴朗なれど寒気厳しく老骨凍結の思い

9日連休 最終日。
3ケ日 亜細亜系 昨・今日は 欧米系の参拝者が 目立ちます。

南部からの3世代。長老のご婦人 色々語ります。若い人々 黙々と着いてきます。
瑞鳳殿のみで 久々 60分ガイド。

最後は、登米市の山奥から来たと称する 2世代。標準時間で 終わりました。
1人 寒さに震えていたので 資料館に駆け込みを進めました。


仙台城門松の復元の技術指導の 熊谷氏 13日振りに 来場し 現況の確認。

お正月なので参拝したかった。今まで ゆっくり参拝したことがなかった と洩らされました。
加藤学芸員が 離れていましたので 僭越ながら 本殿前で 装飾に 政宗公おん木像 ほかを 語りました。

その後、加藤学芸員と共に、根白石邑の 50余年前の電気が無く 邑で発電所を建設し 供給した話。サッカー練習場迄 猪が食害を及ぼしている現在までの 伝統門松の技術を保持してきた内面を 訥々と語るのをお聞きしました。中々 聞けない 興味津々の話しでした。


午後 多賀城に移動。

主催 東北歴史博物館 
講師 滑川敦子 学芸員
演題 奥州伊達氏の始祖・藤原朝宗について

要旨 
中納言藤原山蔭(824-888)より6代目子孫藤原實宗が常陸國伊佐郡に移り、伊佐氏と称した。
實宗から5代後朝宗の代、文治5(1189)年 陸奥國伊達郡を鎌倉幕府から与えられ、次男以下と共に入部し 伊達氏と称した。
これが奥州伊達氏の始まりとする。
一般的な「奥州伊達氏」の理解。

○ 山蔭流藤原氏と藤原朝宗
○ 藤原朝宗と常陸入道念西

と 熱心に語られました。鎌倉時代までの話しで 予備知識 皆無故 充分に理解出来ませんでした、

参考文献として、「伊達支族伝引証記」所収の石田家文書 菅野正道 著 仙台市博物館調査研究報告15、1994年刊 他10冊程が紹介されました。
東北歴史博物館図書室で 閲覧できるとの事。
凍結老骨が解凍される季節に 挑戦しましょう。

紹介図書 仙台市博物館にはあるでしょうが、仙台市図書館蔵書検索では 所蔵は限られました。






1 月 4 日 (土)  



ガイド始

官公庁の御用始は、2日後の6日。
9連休の8日目。参拝者 続々を予測 ガイド始 しました。

1日 1人 2日 5人  3日 2人
4日 10時 Aさん 11時 S嬢  12時 Tさん 12時30分 Sさん Kさん が出動。 Tさんは既に 3日連続。

S嬢に 「今期は 年末年始 お見えなりませんでしたネ」
「ハイー ガイドに行こうと 思いながら 気力 がなくて」

お互いに 後期高齢者。 
寒いと 気力が上がりません。お孫さんを悲しませない様に、無理しないでください。


お巡りさん 2人 券売窓口で なにかササヤキています。
入って来ました。
「おまわりさん 事件ですか?」

仙台城本丸埋門付近に 熊 が出たの情報がありました。

「熊 でましたか?」

「イヤ 事件はありません。 初詣 の様子 瑞鳳殿に 本丸と 確認しています。元日から 定時巡回しています」

お客様途切れました。おまわりさん 本殿をみあげています。

「10分頂ければ ポイントをガイド致します」
「アリガトー 公務中ですので」
「私服で お出での際 お声かけてください。お待ちしております」

安心して 初詣できるのも ガイドできるのも 昼夜黙々と市民の安寧を守る警察力が あるからです。
おまわりさん ありがとう。





1 月 3 日 (金)  



昨日のこぼれ

殿様は歩かない

上で 仙台藩志会の行列を待機していた際、還暦年代のご婦人
「殿様は 駕籠でしょう」 と。

この方 年賀拝礼式 裃・陣羽織での参拝を どの様な内容で知らされて 待機していたのでしょうか?

江戸城 登城や、参勤交代の行列を イメージして居たのでしょうか?
どこかの お祭りでの殿様行列は、殿様は駕籠に乗っているのでしょうか? 

仙台藩志会の年賀拝礼は 藩士末裔と志を同じくする者 同志の年頭行事です。
学生アルバイトでの仮装行列では ありません。
会員の中には、この日 この行事に生甲斐を見出している人もいます。

「ハアー 昔から 殿様 乗り物を使わないです。この石段 駕籠 普通にのぼれますか?」

「殿様は歩かない ものでしょう」
ハテハテ


握手

仮装行列である「伊達武将隊」一行 10数名 マネジャーに引率され 瑞鳳殿参拝に見えました。

御当主 一連の行事が終わり 控え所に戻る際に遭遇。

一行 歩みを止め 挨拶  「おはようございます」
オイ それは無いだろう。

「あけましておめでとうございます」
ではないか。
まだ 正月2日です。

御当主は 些細な事を気にする事なく 「仙臺の観光の為 今年も努力してください」と お言葉を。
そして 手を差し伸べ 握手されました。

一瞬 昨秋 西班牙で 支倉常長13代常隆氏が 日本國皇太子殿下から 握手を賜った景です。










1 月 2 日 (木)  



新年拝礼式

例年のとおり 行われました。

10時40分 瑞鳳寺 山門前を 仙台藩志会の幟を先頭に、瑞鳳寺 3世代和尚、伊達家御当主、仙台藩志会 裃着用・五色乱星陣羽織着用・平服着用が62石段を登壇。

10時45分  瑞鳳殿ガイドの会・伊達家伯会の会員が 列後尾に付き 涅槃門を潜る。
        一般のお客様の涅槃門通過を 職員が遠慮願う。

10時50分 開式
       読経 瑞鳳寺 3世代和尚
       焼香 伊達家18代御当主 様
           殉死者後裔会代表
           仙台藩志会会長
           大年寺会会長
           公益財団法人瑞鳳殿常務理事

      挨拶  伊達家18代御当主 様
           仙台藩志会会長
           公益財団法人瑞鳳殿常務理事

11時20分 閉式

続いて 記念写真 撮影

今年は、涅槃門と拝殿の間の石段に並んで。

石段の下から見上げる角度です。
上からカメラが見えますが カメラからお顔が見えません。陣笠・帽子・眼鏡で 顔が見えない人は 何方か区別がつきません。
並び直しに 時間を要しました。

寒さで 皆様 「なにボヤボヤしている」 と気がたっています。
「ハイ 撮りました」に そそくさ 下段されました。

途端。「アカトンボ!! 会長 入っていないぞ」

会長を真ん中に 再度 撮影しました。
仙台藩志会 拝礼式の記念写真 一部 二部 と分かれたのは 有史以来でしょう。


ガイドの会 会員 全5名参加しました。

式には、仙台藩志会の平服の方と同等の待遇 拝殿内で参列しました。
今年より 待遇が 仙台藩志会並にさせて頂きましたが 連絡が行き届かず 全員参加に到りませんでした。

参加会員で 本殿開扉(望・政宗公御木像)を背景に 記念写真を。公開のご承諾頂きました。
全5人の写真は 満足いくものでありません。公開は疑問です?


仙台藩志会の「剣払い」奉納、
伊達家伯会の記念写真撮影
伊達武将隊(全隊員)の伊達家18代御当主様にご挨拶・本殿参拝

で 新年拝礼式と関連行事が終わりました。

 
一般参拝者は、台南市からの親子(珍しく日本語不可であった)、長州に、常陸と 続々 お見えになり ガイド仲間は 早速 ガイドに。

マスコミ各社 東京からも 取材がありました。
東京からの取材は「週刊朝日」のグラビヤに 掲載されるソウです。(記者から電話頂きました)


「アカトンボさん ガイド始めは いつですか?」と 昨年末 問われた仲間 昨 元旦 ガイド されました。
今朝早く 「体調崩しました。拝礼式 欠席します」と連絡がありました。

無理しないでください。
勤労者で無くとも ボラガイドも 健康が命です。

本日 昼になっても 全山凍結 ツルツルしています。なお 城下は路面乾燥 です。



1 月 1 日 (水)  



あけましておめでとうございます。

2014年 初日の出 東方洋上より日々変わりなく登りました。
2000年正月から 瑞鳳殿ガイドを始め15年を 2001年正月から 本ホームページを始めまして14年になります。

日々登る太陽の如く 淡々とガイドし、日誌掲載出来ましたのは、
世界各地から参拝に見えるお客様、
公益財団法人瑞鳳殿の職員の皆様、
読者の皆様、
仙台市博物館の皆様、
仙台藩志会の皆様、
瑞鳳殿ガイドの会の仲間の皆様、
仙台コンベション協会の職員の皆様、
仙台市長・仙台市観光交流課の皆様、
福島美術館の職員の皆様、
各ボラガイド団体の皆様、
歴史関係生涯学習塾主宰の皆様、
瑞鳳寺・大年寺・伊達家関係諸寺のご住職様
あかとんぼボラガイド支援機構
等から温かいご支援・ご激励を頂きましたから こそであります。

厚くお礼もうしあげます。

喜寿を迎え気力・体力の低下を痛感する日々では あります。
昨年の108日回は望みません。
量より質 内容の充実で 参拝のお客様に喜んで頂けるガイドを目指したいと思います。

本年も昨年同様 変わらぬ 温かいご支援・ご激励を 賜りますようお願い致します。 





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