2014年2月の日誌
| 前々月 | 前月 | 翌月 | 翌々月 |




2 月 28 日 (金)  



伊達秀宗公

政宗公長子秀宗公は、慶長19(1614)年豫洲宇和島10万石を徳川幕府から拝領、翌慶長20(1615)年3月18日 板島丸串城(宇和島城)に入城した。

宇和島では、国持大名格・大広間詰・外様大名の伊達秀宗公を宇和島藩祖と 捉えられています。
宇和島市では、来年2015年 藩祖伊達秀宗公 宇和島入部400年の節目の年と捉え 各種行事を検討されています。

仙台市博物館でも、宇和島伊達博物館と公益財団法人宇和島伊達文化保存会の所蔵品を借用し、仙臺・宇和島 伊達家文化 一大企画展開催を開催すると聞いています。 

その前哨か、昨晩 「四国・宇和島フェア」が、仙台市内ホテルで開催されました。

ゲストトークは、
演題 宇和島伊達の歴史と食文化
講師 神應幸男 氏

あかとんぼは、2009年3月 宇和島市から住居を提供頂き 、櫻開花予測に参加しました。 この滞在1ケ月間 に吉田を含む 宇和島伊達家の史跡を つぶさに拝見し、宇和島伊達博物館の学芸員の皆様からも丁寧なご教示を頂き 勉強しました。

その際、事業担当部長であり 郷土史家の神應幸男様 には、あろ1日 旧宇和島藩領内の史蹟を丹念にご案内・説明を頂きました。

2011年3月、神應幸男様が 来仙された際 瑞鳳殿等をご案内致しました。

シリーズ藩物語 宇和島藩を2011年7月、伊予吉田藩を2013年に、宇神幸男 名で刊行され 何れも贈呈頂きました。

講演は 電子紙芝居(PowerPoint)を併用され、途中 宇和島さんさ時雨を披露されるなど ユニークな講演でした。
2015年の再会を約しました。

この  「四国・宇和島フェア」には、

仙臺伊達家ご当主 伊達泰宗 様 宇和島伊達家ご当主 伊達宗信 様

宇和島市長石橋寛人氏氏  仙台市長奥山恵美子氏  仙台市議会議長西澤啓文氏 宇和島市議会議長小須水千秋氏
仙台市観光交流課長佐藤ゆうこ氏 仙台市教育委員会文化財課長吉岡恭平氏
仙台藩志会役員等 多数の方々が 出席されました。

仙台市博物館館長が出席されたか 定かではありませんが、市史編さん室長の出席はありませんでした。

神應幸男氏と市史編さん室長との鼎談は 面白いと 思いますが 実現は 別の機会でしょうか。


宮内庁HP(http://www.kunaicho.go.jp/)に、宮内庁所蔵の政宗公書状が 今日から公開されました。

伊達政宗書状(八条宮諸大夫宛(9通))
(八条宮)智忠親王から受けた饗応への御礼と伽羅(きゃら)の献上について記す。寛永11年のものと推測される。等
元和ー寛永、自筆及代筆(自筆は某年(寛永11年カ)7月6日書状、画像11枚目)です。

古文書の読解力 不足より 内容は読み切れない ながら 拝見。



2 月 24 日 (月)  



カメラと位置情報

瑞鳳殿参拝のお客様に、最近多く見られる現象に、

お嬢さんから 俗にオバサンと言われる年代までの女性が、大口径の太くて長いレンズのカメラを 胸元とに 躍動させながら お出でになり バチバチ撮影される光景です。

若い女性の9割は スマホでの撮影です。

撮影後 どの様に処理され 発表されているのでしょう。


昨日 大口径のカメラに、コンパクトカメラ、携帯、スマホ、何か不明のIT機器を持参された盛年男性がいました。

案内板のQRコードに IT機器を照射し情報(国宝時の写真)を取得、涅槃門で 持てるカメラ・IT機器を 同時一斉稼働させました。
ただ 単に撮影しているのではありません。カメラに携帯を添わせています。

不可解な行動ですが 涅槃門に損傷を与える事も無いようです。見ているのみです。

調べました。

位置情報 を付けていたのです。

デジカメ撮影写真に位置情報(ジオタグ)を付ければ、写真管理ソフト、写真共有ソフトなどで撮影場所が地図上に表示され、旅の思い出がよみがえる。手持デジカメにGPS機能がなくとも、工夫で位置情報(ジオタグ)を付けられる。
その方法は2通りある。

まで、パソコン情報誌で解明しました。
盛年男性は 活用されていたわけです。

あかとぼ にできるか? 
スマホも Wi-Fi も 所持しない故 出来ない です。時の流れに乗り遅れた。



2 月 23 日 (日)  



残雪 参道以外に モッコリ。

本殿前 参拝は容易です。ただ、左右 雪山で お客様とガイドが立つ余地がありません。
整備員氏の除排雪に到っていません。スコップ・ツルハシを借用し、ガイド仲間で 除排雪をして 共に立ち鑑賞・説明の広場を造ろうかと 思いました。

が、雪は凍結しています。実態は氷山です。高齢者には高負担です。断念しました。
3月には融けます。


お客様 9時早々 続々です。

奈良からのお客様。成人親子4人 蔵王でのスキーの帰路とか。
奈良県からと知ってガイドするのは 珍しいです。
お客様は、仙台城址を見学し、瑞巖寺を参拝し 今夕空路離仙だそうです。

流石 奈良の人を感じさせたのは、創建時の龍頭を 見て
「アッ 鹿頭 」と お揃いで 叫んだ ことです。


若い女性2人。
「瑞鳳殿 2回目 今日はガイドさん居て よかった。また 来たい」
で、
「お客様 社会人ですか? 学生ですか? 5月24日 政宗公の遠年忌法要があります。裃・五色乱星模様陣羽織の行列、尺八等数々の奉納があり、本殿が開扉します。政宗公と御対面できます。休みを取れましたら どうぞ」と お勧めしました。

「来たい ぜひ来たい」の ご返事でした。
今一人 熱烈な政宗公信奉者 肥前様から  5月24日に参ります と連絡を頂いております。

半年前に 2組3人から 政宗公の遠年忌法要参列の予約頂いたことになるのでしょうか?


お客様から
「仙台城まで 歩いて 何分ですか?」 と尋ねられました。

お客様が描いているr「仙台城」は どこか?

1.大橋を渡った地点
2.三の丸 博物館付近
3.二の丸 
4.本丸 騎馬像付近

理屈では 1番でしょうが、観光客では 4番でしょう。

歩道の除排雪が完全に行われていない今日、又、三の丸から本丸に到る道 除排雪されているか確認しておりません。
「小一時間かかるでしょう」と 返事しました。
ヨカッタか 悩んでいます。


20日 図書「独眼竜の野望 伊達政宗の生きさま」を紹介したところ、読者肥前様から 

「最近の本にしては荒唐無稽な内容も少なく新旧の資料(史料)に基づいて非常にうまくまとめられている」の感想を頂きました。

あかとんぼ の周辺でも 昨日 今日と 話題になり 同様の感想でした。


肥前様から 次の様な ご紹介がありました。

「3月に発売予定の『伊達政宗 謎解き散歩』(佐藤憲一著、新人物文庫)の情報は既にご存じでしょうか?
小田原参陣直前の政宗公毒殺未遂事件やご舎弟殺害事件などを数多く現存する手紙等を手掛かりに「母・保春院と政宗公の共謀説」「小次郎君生存説」などを展開されている佐藤先生がどういったアプローチから政宗公を語られるのか」

予約できるようですが 店頭で求めます。



2 月 21 日 (金)  



昨日 仮称・大泉学園(明青大史学部)の例会・懇親会がありました。

参加者48人中 ガイド仲間4人 以外 面識の無い方々。
参加者は 只者ならぬ方々と予想していました。

はたして?

高等学校歴史教師30年の経歴保持者
大年寺会会員(大年寺会の会合に非会員として参加していますが初対面)
生涯学習マニア

でした。

話題に
1.瑞鳳殿ガイドで ガイド日誌記載している者は どんな人間か?
2.北山五山の定義は?輪王寺を含めて 北山五山と言えるか?
3.北山ガイドは、なぜ個人の墓地しかガイドしないのか?御本尊をお参りいしたい。資福寺のステンドグラス見たい?
4.伊達家は、宗派 コロコロ変わっているが なぜか?
5.瑞鳳殿ガイドは、他の団体に参加していてもよろしいか?

等 でした。

.瑞鳳殿ガイドは、他の団体に参加していても構いません。
その団体で習得した知識・経験を発揮し お客様に喜ばれ、会員全体の素質向上に繋がるを期待しています。

現に、他のガイド団体の方が お客様を案内して参ります。私共は 快く受け入れ 便宜を供しています。


昨日昼  図書「独眼竜の野望 伊達政宗の生きさま」を紹介しました。

「早速 購入した。大型書店で 在庫はあと1冊。最新の話題(館山城)、13年紅葉迄記載され満足」と ある方から夕刻 一報がありました。
決断と実行力に優れていると言えるか? 敬服します。



2 月 20 日 (木)  



政宗公は全国区のはず?

先般 仙台市を中心とする東北各県に居住する70歳以上24名で、行先不明のミテリーツアーに参加しました。
指定時刻に仙台空港に集合、着陸したのが福岡空港。自動車道を屈指し、福岡・山口・大分・佐賀の 訪れた事の無い 史跡・観光地を見学してきました。

乗車から下車まで、黄金の嘴 と自称するバスガイドの語りには、毛利家と黒田官兵衛ばかり。食傷。
1600年 関ヶ原の戦いと毛利家、豊臣秀吉と黒田官兵衛の関わりを 語るのみに 
奥州の覇者 伊達政宗公を 客に対する オモテナシとして 語るべきでは?

5日間に 10秒 の1回だけ 「奥州に 伊達政宗 が居た」の言。
「悔しい」 と洩らしたら 「皆無で ないだけ よかろう」と車内有識者に慰められました。

瑞鳳殿でのガイド 冒頭の前口上 これまでの通りで よい のか?
反省と検討の余地あり と感じました。


独眼竜の野望 伊達政宗の生きさま
と題した ムック が2月に刊行されました。 
130頁程 図・写真も多く 簡潔な表現で 政宗公の波乱の生涯を 容易に理解できます。

第1章 独眼流 伊達政宗の生涯
第2章 独眼流を生んだのは「館山」なのか?
第3章 南奥羽血風緑
第4章 伊達氏の血脈
第5章 「独眼流」の育て方
第6章 伊達者・政宗 その真骨頂
第7章 上方で、男は何を見たか?
第8章 してやられたり、独眼流 
第9章 政宗に蠢く、2つの謎
第10章 仙台藩62万石物語
第11章 支倉常長
第12章 復活の日 政宗廟所「瑞鳳殿」秘話

晋遊舎ムック 歴史探訪シリーズ 838円プラス税



2 月 19 日 (水)  



現場復帰?

2月2日以来17日目。

全山 ガイドを初めて14年以来 記録的積雪です。
御子様御廟以外は、除雪完了しており 参拝可能です。

8・9日と15・16日の積雪・交通途絶の後遺症で 参拝客は 皆無と予想していました。
が、お出でになっています。有難いです。
甘酒でも馳走したい気分。

11日 神武天皇即位の日 瑞鳳殿ガイドの会副会長のUさん NKさん ガイドされていました。
1945年以前に生まれた日本人の心意気でしょうか?

Aさん Oさん Mさん Sさん も 日を選び ガイドされていました。雪のもめげない 高齢者の心意気でしょうか?



あかとんぼ の本日のガイドは、「豊齢学園歴史史跡巡りの会」 18人様です。

経緯は、
1月中旬 「仙台豊齢学園歴史・史跡巡りの会です。2月19日10時から12時迄 瑞鳳殿・経ケ峯を 27人に ガイドして欲しい」とメールがありました。

何れかで調べたか 名指しでの依頼です。

ガイド仲間に 仙台豊齢学園歴史コースの卒業生が多数います。会の主力で活動しています。その後輩と感しました。
2時間の時間設定は 珍しいです。学習意欲 極めて高い集団である。何人かは ガイドをする気であろう と勝手に理解しました。

「会として 予約は受けていませんが 名指です 心意気を感じます」と 応諾致しました。

その後、
「私共は 仙台豊齢学園総合生活コース2年歴史・史跡巡りの会で 歴史コースではありませ。資料は必要としません」との返事でした。
予測は外れました。 が、ガイド希望者いるだろう と 一縷の望で 今日に到りました。

10時に参加者が集まりました。なんか談合(会議)しています。出発の号令がでません。時計の針はまわります。
ガイドスタートは 10時15分でした。

「12時15分バスに乗るので よろしく」に応えて 瑞鳳寺山門前12時で終わりました。
トイレ済ませてバス停迄 丁度の時刻です。
即 移動するだろうの予測は 外れました。また なんか談合(会議)しています。

これ程 談し合い のお好きな方々が 105分間 あかとんぼ の説明 を すんなり聞いてくれましたに、感謝です。

積雪状況確認の下見と本番と経ケ峯の2周は足腰を 2時間のお喋りは 首から上を 軽くしてくれました。 
総合生活コースは 介護も学習していると聞いています。
あかとんぼ に効果ありました。 感謝します。


あかとんぼ 老い? を自覚しました。
感仙殿で 忠宗公の御命日 1658年7月12日が すらっと 出なかった 事です。不覚です。



2 月 17 日 (月)  



旅 人はなぜいくのか

9日博物館での講演会の主題です。

あかとんぼ も 過去から現在に至る を知るに 1000KM彼方に旅をしました。
15日帰仙し、16日は 通常のとおり ガイドする予定でした。

彼の地でも 積雪による交通途絶で予定が狂い、最終日 仙台行が欠航となり 翌16日天候回復を待って帰宅。
旅 とは 予定のとおり 進行しない 故 楽しみが あるのかも。

結果的に ガイドを休みました。

2週連続の 休みとなりました。
19日午前には 再開します。
あかとんぼ は 元気です。



2 月 11 日 (火)  



祝日 建国記念日 皇紀2674年 晴天

諸事多忙につき ガイド休業しました。

雑報

東京国立博物館
「支倉常長像と南蛮美術―400年前の日欧交流―」
本館7室 2014年2月11日(火) 〜2014年3月23日(日)
慶長18年(1613)、仙台藩主伊達政宗の命を受け、「慶長遣欧使節」としてヨーロッパに渡航した支倉常長がローマ教皇パウロ5世に謁見するため、ローマに入市した際の姿を描いたとされる「支倉常長像」を特別公開し、400年前の日欧交流の軌跡を示します。

との事で、関東圏にお住まいの方 学童を引き連れ 参観した。
下線した画像を見てきたが、期待に外れた様子での知らせ。

世界記憶遺産 展示無かったらしい。
昨秋の 仙台市博物館 の展示は 素晴らしかった が証明されたようだ。


旅 人はなぜいくのか?
9日の上廣歴史文化講演会

悪天候・交通途絶で 聴講を断念した。
仙台市博物館に 資料の余部を頂きに参上。頂けた。

「当日の聴講 何人位 でしたか?」に
「100人位」

あの悪条件で 100人も駈け付けたとは。如何なる方々?

我の様に 「参加出来なかったは 残念 資料だけでも」の問い合わせ しきりと 窓口嬢曰く。


栗林伸一郎先生 玉蟲左太夫 生涯を A4にきっちり 纏められている。
最後に「玉蟲の行動は、藤原相之助「仙臺戊辰史」(1911年刊)など仙台藩の資料や他藩の資料に散見されるが、不明な部分が多い。玉蟲は何らかの記録を残していたはずだが、確認されていない」と 記載されています。

玉蟲の足跡など 仙台市史近世3 特論1 「玉蟲左太夫」を 再読いたします。


高橋陽一先生 道中日記にみえる松島 A4 9枚に「100人の松島旅行」の表
ジックリ 読みます。

両先生の資料 を見るに 書れなかった行間に滲む 事柄を聞き逃した残念を感じます。


図録 
2006年以前に発行した図録等が 3〜9割引で販売している案内がありました。

「ウーン これは と購入し 頁を広げるに 記憶が蘇り 書架に並べる段に 2冊目 と気づく事 ママ 故 
書架 確認の上 再訪する事に。




2 月 10 日 (月)  



晴天、昨日の代替に瑞鳳殿に行きたいと思ったが、
@ 寒気原因のバッテリ-上がり
A 路面圧雪又は泥濘状で走行困難
B 邑内 消火栓 発掘隊に選抜される

で、徒歩以外の外出不可。

7日白石市教育委員会生涯学習課から 「白石市文化財調査報告書第47集 片倉小十郎景綱関係文書」が送付されてきました。
昨年12月14日の「再検証・片倉景綱」と堕する 菅野先生ほか5先生の講演会で 予約したものです。

報告書第47集の主な構成は、
1.片倉景綱の事績  菅野正道 氏
2.天正期における伊達氏の外交と片倉景綱  遠藤ゆり子 氏
3.片倉家の伝来文書について 菅野正道 氏
4.片倉小十郎景綱関係文書
となっています。

1.は 講演内容の活字化で 理解できます。
3も、理解できます。
2.は、壁です。
 昨年の講演会で 10枚近くのパネルを持参されていました。論文にもパネルの内容が図表化 掲載されると期待していましたが?
 ジックリ読ませて頂きます。

寸暇を割いて読み始めた。
山岡荘八著 伊達政宗 を読むようには 読めないと知りつつ 挑戦。
そのうち 雪が溶けるでしょう。



2 月 9 日 (日)  



瑞鳳殿ガイド 臨時休業

昨昼来の風雪 時を追う刻 激しく 夕刻で 30cmの積雪。
屋敷門前から車の除排雪。
夜来 風雪 風を伴いました。風音で まんじりとしないで 夜明け。

玄関扉前 30cmの積雪。渾身の力で押し空けました。
以後、60分を要して 屋敷前の除雪と 車の掘出し。

TV曰く 1936年以来 78年振りの大雪 午前8時現在 公式に35cm
地下鉄を除き 鉄道・飛行機・バスの運休
と 伝えています。

あかとんぼ邑は、在郷です。50-70cmの積雪です。車が安全に走れる状態でありません。
瑞鳳殿に 到達困難です。

全ての交通機関が正常に運行されるまでは、参拝客はいないでしょう。

故に 日曜日は ガイドしています と申し上げておりましたが 臨時休業致しました。


本日午後 博物館で
公益財団法人上廣倫理財団 主催

上廣歴史文化フォーラム 旅 人はなぜ行くのか

講師 仙台市博物館市史編さん室 栗原伸一郎 氏
演題 世界・日本・奥羽をかけめぐった仙台藩士・玉蟲佐太夫

講師 東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門 高橋陽一 氏
演題 江戸時代の東北旅行-紀行文・道中日記に見える松島

の興味津々の講座が 開催されます。

高橋陽一氏と上廣倫理財団から書簡で、生涯学習講座で菅野市史編さん室長から ご案内を頂いておりました。

午前 瑞鳳殿ガイド 午後 講演会に。故に 「お握り」頼むと ガイド支援機構依頼していましたが、全てキャンセル。

両先生のフアン故 不参加は残念。
講演配布資料 余部無いだろうか?11日 博物館に相談に行こう。 



2 月 8 日 (土)  



私なら「戊辰の役で散華した 伊達家家臣の残影」と題する。

仙台郷土史研究会公開講座

講師 戊辰史研究の第一人者 木村紀夫氏
演題 戊辰戦争で散華した 仙台藩士の残影

が開催されました。
近年に無い大雪で交通機関のマヒ(遅延・渋滞・停止)で、通常40分の移動距離が90分を要しました。
幸い 講師講演には 間に合いました。

全18頁の資料で 熱心に説かれました。

散華した 伊達家家臣等 27人を上げられました。

若生文十郎・・・過日 墓参したばかり
飯澤佐久馬・・・仙台藩志会で末裔の方からご厚誼頂いている
煤孫蜂之助・・・末裔の方から仙台藩志会で ご指導頂いている
と 縁故のある方 他に 名前・事績を存知あげている方を列述されました。

会場からの質問・発言
@ なぜ額兵隊を語らないのか?知らないのか?

   木村講師は、知らない人の多い 黒澤楽兵隊を冒頭に語っています。有名な額兵隊を知らない事はありません。
   
A 仙台に藩士会があるが、その人達は 積極的に資料を公開しないのか?

   司会者は、各人事情がありでしょう と答えていました。

  余分ですが 仙台に藩士会はありません。仙台藩志会はあります。 志 の会で 士 の会ではありません。
  故に あかとんぼ も ガイドの仲間も会員になっていまます。
  会の目的は、規約第5条で、
  「本会は、旧仙台伊達家歴代藩主等の偉業を顕彰し、その歴史、精神、思想、文化を広く社会に伝えることをもって目的とする」と定められています。

B 「私は、若生文十郎の弟 精一郎の末裔です」と名乗られた老婦人
   「若生家の種々文書を仙台市博物館に寄贈した。死蔵されている。機会を設けて 公開し 広く活用して欲しい」

  司会者は、回答の余地なく苦笑していました。


  WEBによれば、墓地を管理している大聖寺では 若生家と連絡が取れず困惑している とありました。
  檀家総代のS氏も 同様の発言をしていました。

  あかとんぼがお参りした際、プラ花竹に「長町南 和田」と{逸見」と記載された 2本がありました。
  檀家総代のS氏は、「和田織部」の末裔の方と 申していました。
  S氏は、本日不参加でした。



2 月 4 日 (火)  



感仙殿と板碑

1981年感仙殿再建の発掘調査で 感仙殿の墓室から 石室の蓋および周囲の土留めの石に使われた板碑が5基 発見された。

この発掘調査で、近世初期の伊達家の日常生活を目の当たりさせてくれる多くの史料提供した。
同時に、板碑を霊廟石室の材料に使用するという、現代人の意識とは大分違った信仰感覚をも教えてくれた。


資料館を見学した御客様は 摩耗が少なく碑面も良く読めるもの 2基を ご覧になります。
説明文が掲示されていますが 果たして 如何程の御客様が 読まれ 理解されるかは ?


感仙殿前 門内 参道左側に 2基 露天で展示されています。
簡単な説明があります。

感仙殿まで ガイドを依頼されて 余裕のあるお客様には 
中世の板碑であり、それはなんであるか、如何なる経緯で 発見され、展示されているか を説明します。
そこで 多くのお客様は 自分の持つ信仰感覚との違い と 伊達家に対するイメージの落差に 唾を飲み 無口になります。


この板碑について、仙台市史 特別編 板碑 268頁 280頁以下に 詳細に記載されています。

この報告書には、5基発見された。上記 4基の他 5基目は妙雲廟界に 3片になり 保存されていると記載されています。
妙雲廟界を 隈なく探しました 発見出来ずに 10年余を 経過していました。


昨2013年12月24日 仙臺城門松を瑞鳳殿資料館前に復元作業中、 菅野正道仙台市史編さん室長が作業指導に出張(デバリ)ました。
その際 「アカトンボさん 板碑5基目 (3号碑) 何処にあるか わかりましたか?」

「いや わかりません」
「ココ ここです」

なんと 3片に分割された 板碑が鎮座 横たわって いました。

人足の無い 資料館の東端 軒下に横たわって いました。

ガイドは 困難です。
アカトンボ と同様に探して居た方 確認しては 如何ですか。

遅くなりましたが 菅野先生の御教示に 感謝致します。



2 月 2 日 (日)  



雨模様か 人出は ゆっくり です。

小牛田町から来た10人程の3世代の団体。
一人 歴史に詳しい方 おられました。

政宗公に 名馬ゴトーを献上したのは 小牛田の後藤様と聞いてます。
に、

大地主に ゴトウはいるが 殿様は知らない。
隣町は 涌谷で、 松山で 岩出山は 列挙されました。

20分の約束でスタートしましたが 反応が良く 話込ました。
東北大学生の計測では 43分 ガイドしたそうです。


先般 録音したガイドは 17分であった。
今日は 喋りましたネ。ところで 17分を書き起こし をした。記録漏れがある。見て欲しい。
と 書起文を見せられました。

同じ事を 二度は 語らない事にしていますが 表現を替え 二度語りがありました。

卒論等の論文に 書起文を使用するであれば 本日の録音を含めて 理解出来る文章に手を入れさせて欲しい と伝えました。
その様に致します の確答を頂きました。



あかとんぼ さんですか と確認されたお客様 いました。
どうした したのでしょうか。
昨日 12時 BS朝日 で「にほん風景物語 政宗が愛す風景」を3度目の放送をしました。
それを見て 仙台にお出でなられたかたでしょうか。



公益財団法人瑞鳳殿から 「災害時避難経路」図を頂きました。
1月27日の懇談会で 話題になりました案件です。
早速の対応 有難いことです。

近々 災害時対応訓練をされる際、「地震等で揺れて居る際 ガイドは如何に対応すべきか?」を 御指導頂きたです。

3.11災以後 度々の余震がありました時 ガイドをしておりました。
その際 独断で お客様に 拝殿に入って頂きました。

拝殿前は 地盤に幾度か亀裂が入っています。龍頭の石台や大香炉が動いています。
本殿脇の寶筐印塔は19本が転倒しています。
石段左右の石灯籠は崩落また参道迄飛んでいます。

拝殿は太い柱が連立しています。簡単に倒壊の恐れは 無い。
ここが 此処では 一番 安全と判断したからです。

この様に 地震の最中 職員が 駈け付けるまでの 瞬間の時間  ガイドは 如何にすれば よいのか です。



2 月 1 日 (土)  



仙台城の御殿

第22回仙台市史セミナーに参加。

講演1.
  演題 仙台城本丸と若林城 
  講師 地底の森ミュージアム館長 金森 安孝 氏

講演2.
  演題 絵図に見る仙台城二の丸
  講師 仙台市博物館学芸員    水野 沙織 氏 
 
詳しい内容は??

講師金森安孝氏の肩書は 地底の森ミュージアム館長で 仙台城とは関係ありません。
話の内容は 肩書きではありません。
肩書は、必要ですが絶対ではありません。
金森安孝氏は、仙台城石垣修復、本丸・二の丸・片倉屋敷の発掘調査に 長年携わっており、この件では 第一任者として有名な方です。

しの経歴から 溢れる話を60分に纏めて語りました。
仙台市史 特別編 城館 の再読を勧められ 保有を挙手で確かめました。あかとんぼ を含めて多数の挙手がありました。さすが。


学芸員水野沙織氏の講演を聞くには初めてではありません。
今日も期待のとおりでした。
本日配布資料は 仙台市史 特別編 城館を底本に纏められたようですが それで読み切らない事柄が ギッシリです。

今回の仙台市史セミナーの応募者250名を超えた。会場定員200人ので 抽選当選者のみ会場に、外れた人は会議室モニターTVとか。
仲間でも 外れた方5指を越える多数で 会議室モニターTVに参加したいました。 


あかとんぼ 11時53分 博物館駐車に、左右前後に駐車している車に 人影が。
お握りを食べています。
バアサンに 弁当を作って貰い 早目に来館 駐車場を確保 常設展を見学 講演会に臨んだ 高齢の学究の人 でした。





inserted by FC2 system