2014年11月の日誌
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11 月 30 日 (日)  



講座 地域の歴史を学ぶ 岩出山V 城 その知らざる歴史

演題・講師
1.戦国城館から近世城郭へ  菅野正道 仙台市博物館仙台市史編さん室長
 戦国城館と近世城郭の違いは?
 伊達家領内における近世城郭の成立
 戦国城館と近世城郭のはざまにある館山城と岩出山城

2.米沢館山城 伊達と上杉の足跡が残る城  佐藤公保 米沢市教育員会教育管理部文化課文化財担当
  現在の米沢城の所在に伊達家時代の米沢城は存在せず、館山城が米沢城であるとする説がある。
  館山城址が「伊達氏の居城」や「政宗生誕地」を証明する考古学・文献史学の明確な根拠は無く、伊達家時代は米沢城と館山城が併存したとみるのが妥当。
  米沢城は日常の政務。生活の場、館山城は有事の防衛拠点か?

 2013年10月27日の館山城発掘調査現地説明会、2014年2月発行「独眼龍の野望」記載内容と、政宗生誕地の主張は 後退したと理解しました。
  館山城址の「伊達政宗公生誕の地」の標識は、民間主導で立てられた。

3.城 その知らざる歴史 岩出山城 城と町の変遷  菊池優子元岩出山町史編さん専門員
  岩出山城の所在・規模・沿革を 絵図、古文書を屈指して 紹介。

  10月23日瑞鳳殿ガイドの会で 「岩出山要害址と御霊屋」現地勉強会の際、講師をお願いしましたが、公務多忙で 資料を作成し 腹心の岩出山ボランテイアガイドの会副会長中森成信様を派遣して下さったのが 菊池優子先生でした。

   菊池優子先生と中森成信様に 過日のお礼を言上しました。

   中森様の案内で現地踏査しており 良く理解出来ました。(鶏と卵の関係を思い起しました)


本日は、岩出山伊達家当主 伊達宗尚様 隣席。 所蔵の貴重な絵図を公開されました。


昨年以上、300人程の参加。 仙台から 瑞鳳殿ガイドの会員4名と冨澤學他 から 面識のある方 多数 参加していました。


 



11 月 29 日 (土)  



国連防災世界会議語学ボランテイア研修 2日目

夜来の大雨 依然として 大雨です。

研修5機関打ち合わせ会の席上、
「雨が降っても 鑓が降っても 実行ですか?」の馬鹿な質問に
「雨が降ろうが 雪が降ろうが 開催です。但し 鑓が降れば?(ニヤリ)」と 真面目に市担当役席の回答でした。

鑓の様な大雨ですが あくまで雨です。
合羽・ゴム長に傘持参の重装備で 待機しました。

朝1番は 定刻より早目に到着。
伝えたい事 沢山ありますが 語り切れない故 土・日・祝日 待機しています ご希望の時間でガイドします と伝え 
係員に 20分前 10分前 5分前と 予告して頂き 無事 時間内 で終わりました。

2組目の到着を確認 3組目のUさんと 打ち合わせ後 通常ガイドに。
時間制限の無い ガイド のびのびと瑞鳳殿の見所 伝えられます。

40年前 瑞鳳殿再建前に 東北大学を卒業され 成功されたご夫妻、
津軽のご夫妻、
連れ合いが仙台に単身赴任になり激励に見えた神戸のご婦人
を 40年前の仙台、青森ヒバ 等を語りながらの ガイドは 楽しいものでした。


数日前 テレビで 瑞鳳殿の紅葉は 盛り 美麗と 放映したそうで、昨日まで 紅葉観賞のお客様 それなりに いました。
夜来の 雨で 黄色・朱のもみじ 7〜8割 落ちました。
境内 錦の厚い 絨毯 を敷いたようです。売店まで 転転しています。
 



11 月 28 日 (金)  



国連防災世界会議語学ボランテイア研修


仙台の代表的観光地 瑞鳳殿・仙台城址・大崎八幡宮を視察し 簡単な案内が出来る様にする目的で、
20-30代の学生・主婦を中心に約300人を、12組に分け 本日と明日の2日間で 研修を行う事になりました。 

仙台市国連防災世界会議と仙台観光コンベション協会から ご依頼を頂きました。

1回 50分で バス下車から発車まで 瑞鳳殿を主体に経ケ峯全域案内して欲しいとの事。
通常のガイドでは、120分コースです。又、移動時間 15分を要します。ガイドとして語る時間は50-15=35分です。
誠に 厳しい条件です。

朝1番8時50分到着の組を担当しました。
ポイントを極力 絞りました。
欧米系外国人が注目・歓喜するポイント 特別公開。伝授しました。

参加者40人の中に 前に講師を務めました英語ガイド団体 GOZAIINNの数人 お名前を思い出せない人 が参加されていまして 自信が着いたと バス乗車前に感想を頂きました。

朝7時30分均の早い家出、緊張の50か、2組に引き継いだら 疲れが どっと。


18時代 ミヤギTVニュースで 本日の研修模様(あかとんぼ 熱弁)を報じました。
 



11 月 27 日 (木)  



JTB

午後 JTB社員研修のお手伝いを致しました。

来春5月 瑞鳳殿参拝の商品を全国に販売する企画があり、瑞鳳殿ガイドの会で協力頂けるか?
社員研修を行うが協力頂けるか?

と お尋ねを頂き、会員に諮った所 沢山のお客様がお出でになるは歓迎と 賛同を得、JTB様に快諾致しました。

その研修が本日でした。
40人満たずに ガイドを2人配して 40分で 経ケ峯全域を案内して欲しい。

K副会長と 要望の通り 案内しました。短時間ながら 瑞鳳殿の良さ 素晴らしさ 語りました

断片的情報を組み立てるに、岩手県(旧伊達領)と宮城県の主要・有名観光施設を見学、代表的温泉地 秋保温泉 ○○に投宿、瑞鳳殿を参拝後 3.11被災地を視察 夕方 帰京のコースでした。

JTBの企画商品のお客様は 所定時間外でも 臨機応変 特別ガイドをしています。
瑞鳳殿の 観光価値をご理解 販売促進 してください「」と お願いしました。

今日 蒔いた種 芽を出すのは 5月? 



11 月 26 日 (水)  



氷雨

11月15日ガイドしました お客様から ブログに掲載しました とメールを頂きました。

お仕事 グラビア雑誌の編集者と想像する位 瑞鳳殿を美麗にまとめられています。
あかとんぼ の実写も掲載されています。

伊達男と思っていましたが 自己評価と実写には 格差がありました。

お客様のブログ
http://s.ameblo.jp/energyremedytokyo/entry-11952632047.html



11 月 25 日 (火)  



観光ガイド研修

主催 仙台市・仙台観光コンベション協会

演題・講師
1.仙台市におけるバリアフリー観光     特定非営利活動法人ゆにふりみやぎ 佐藤清一 理事長
2.仙台城址の震災復旧・史跡発掘事業  仙台市教育局文化財課仙台城史跡調査室 工藤哲司 室長

1について
講師自体が身体障碍者で車椅子。
観光施設バリアフリー状況は HPで検索できる 例えば 瑞鳳殿 と紹介した。
帰宅・検索。 基準日が2011年ながら 自体を正確に伝えていました。但し 観光ガイドの存在についての記述は皆無。

講演での印象的発言
1.高齢者も 障碍者(脚力・視力・聴力・判断力等)
2.介護者でなく障碍者本人に声をかけろ
3.指示代名詞を使用するな 具体的に言え


2.について
災害復旧状況を 各箇所別に 詳細な説明は 今後 ガイドする際 非常に有効な情報。

瑞鳳殿でも感ずるが 3.11災は 既に風化しています。瑞鳳殿では 被災直後の写真を提示している。
完全復旧・復元は大事な事ながら、震災遺跡の提示も すべきでないか? ガイド一任?

配布資料 白黒です。識別に、内容理解に困難を感じます。有効活用に難があります。
丸森町では カラー印刷です。100萬都市仙台で なんで白黒の中途半端な資料をガイドなる広報者に配布するのか 不思議。


雨と公通事故で 街中は大渋滞でした。それ故か 参加者は予想より少なかった。
それでも、瑞鳳殿ガイドの会の仲間は、10人の参加。



11 月 24 日 (月)  



天正伊達相馬対決

伊具郡丸森町での標題に関わる 狼煙の実験と講演会に参加しました。

午前11時25分、小斎・金山・丸森・矢ノ目の城址から狼煙(ノロシ)を、保科丸森町長を先頭に 仙台からの沢山の人々が見守る中、千葉正樹尚絅学院大学教授の指導の元、金山地区歴史伝承会、金山保勝会、小斎歴史伝承会、丸山城保勝会、鹿島神社流鏑馬保存会、丸森消防団はじめ多くの邑人の協力で 点火、蔵王連峰の白雪を背景に 秋晴れの空高く 昇りました。

指導者の千葉正樹尚絅学院大学教授は、次は 40`先の相馬迄 連続して上げ 狼煙での連絡の 実証したい と総括していました。


13時30分から、丸森まちちづくりセンターで、

「伊具の戦国と城館」 菅野正道 仙台市史編さん室長 
「伊具を狙う相馬氏」 山田将之 伊達市教育委員会学芸員 
「伊達輝宗の伊具奪回作戦」 佐々木徹 仙台市博物館

「ライトを浴びない地元の歴史が大事」 入間田信夫 東北芸術工科大学教授
「平泉につながる丸森の歴史価値」 千葉正樹尚絅学院大学教授

の演題で各先生の講演・講話がありました。

会場には、河北新報連載 千葉真弓先生 描く マンガ「独眼龍政宗」の初回から23日掲載分まで 全回の原画が展示されていました。
史料の裏まで 透視して よくぞ 描かれていると 感心しました。

先生の30余年前の本は 所蔵している図書館は 少ないですが 古本市場には上場されています。
マンガ「独眼龍政宗」は 単行本なるでしょう。その日が待ちとおしい。


定員250人に、仙台・福島・東京を始め 地元丸森町の各邑から 参加で、 用意した資料300部が不足 追加印刷していました。
交通不便な地に よくぞ 集まったと 内心 感心しました。
瑞鳳殿ガイドの会から U・K・O・Sさんの5人が参加しました。


町では、
仙台・福島に帰れる最終列車に乗れる様にバスを用意しました。
資料24頁を カラー印刷しました。
昼と三時に お握り弁当を販売しました。
町で なければ出来ない 対応です。


あかとんぼ は、18日瑞鳳殿参拝の小斎邑の方々と再会し、感想を聞かせて頂き、また、郷土史家 引地昭夫丸森町文化財保護委員にご挨拶する事も出来ました。
実験・講演に参加 再会と 至福の1日でした。

往復同乗させて頂きましたKさん ありがとうございました。途中に解説頂きましたUさん ありがとうございました。



11 月 23 日 (日)  



今日も小春日和

ガイド支援機構業務で 30分遅刻。
既に、境内はお客様で満杯。
以後12時迄 続々と。券売口から本殿前迄 立錐の余地無いほど。
近年 最高の参拝のお客様数では。

神奈川は川崎の3世代のお客様
(宮城の川崎のお客様も それなりに参拝に見えます。川崎の地名は自分の所だけ と お互いに思っています)

看板の政宗は、なぜ 両眼なのか?広報用の顔か?
誠に斬新な発想の質問です。

説明しました。「ガイドしましょうか?」に。
「いや 俺は 知っていて質門したんだ。知っているんだ」と 涅槃門の彫刻も見ないで登って行きました。


ベンチに一人の老婦人。
「ガイドしましょうか」 「頂いたパンフ読めば わかります」
確かに 義務教育終了者なら 容易に理解で来るように記載されています。

「パンフに書き切れない 見逃す見どころをガイドしています」
「私 おトイレをお借りしたくて 来たのですから」
ガクン 三河・岡崎からお出でなれたそうです。おトイレをお借りに???


東京・川口・村上からの団体の客様
団体は 数の中に 興味の無い方が居て 所在無いげ 落ちこぼれる方が居ますが、不思議。今日の団体にはいませんでした。


9時30分母娘  昨日 券売所付近が 最高と記載した紅葉を撮影していました。
太陽光線が当たると 当たらないでは 色彩 輝きが異なります。

「太陽が当たる時刻 11時30分頃 が 最高です」と 申し上げました。再び 撮影に戻って来ませんでした。
今日も 11時30分頃 輝き 最高です。撮影の方で 券売口広場 雑踏を極めました。

肥前様が参拝に見えました。かねてより 参拝計画は聞いておりました。
明日の「伊具をとるのはどっちだ」天正伊達相馬対決 in 丸森」にも出席と理解していたら、欠席との事。
丸森 16時過ぎ終了であれば 乗り継ぎ帰宅困難で、更に休暇も取れない。
三連休の中日の開催であれば 出席できたか? 残念です。



11 月 22 日 (土)  



小春日和

9時早々 団体での参拝客。ガイドに目もくれず サッサッと参拝。

津軽の若人に、西宮夫人の団体が 合流 賑やかな参拝。
以後、時間無制限のお客様が 連続。

ライトアップ 人気の様ですが、天然光線での 紅葉 最高です。
太陽が当たる時刻 11時30分頃 の 券売所付近が 最高です。

62石段から、券売所のガラス壁に映ったもの、券売所付近の逆光のもの。
何れも 素晴らしく 皆さん カメラ向けています。但し 券売所のガラス壁に映ったものは、アナバ 気ついた方皆無。

瑞鳳殿の参拝者宛て アンケート 終わりました。
御礼の ポストカード 出尽くしたそうです。

瑞鳳殿ガイドについて、御注意 直すべき点などの記載が無かったか お聞きしなくては?



11 月 19 日 (水)  



瑞鳳殿アンケート

公益財団法人瑞鳳殿では、観覧者にアンケートをお願いして居ます。

問1 性別、年齢・年代 居住地(宮城県は仙台市内・市外)

問2. 東北・仙台を観光地に選んだ理由

問3. 瑞鳳殿を訪れた理由 複数回答 特に大きな理由は◎を
@ 歴史に興味がある
A 伊達政宗が好き
B 仙台の観光地として知られているから
C パワースポット等の情報を知って
D 写真撮影や写生
E 自主研修や修学旅行
F 経ケ峯の動植物鑑賞
G 散策
H 以前訪れ良かったから
I その他 

問4 瑞鳳殿までの移動に利用した交通機関
@ るーぷるバス
A 路線バス
B 貸切バス(団体)
C 自家用車
D レンタカー
E タクシー
F バイク・自転車
G 徒歩
H その他

問5 瑞鳳殿の満足度
@ 大変満足
A 満足
B 普通
C やや不満
D 大変不満

問6 瑞鳳殿を観覧してよかった点、悪かった店

以上 回答した人に「瑞鳳殿オリジナル3Dポストカード」を進呈するそうです。


あかとんぼ は、問5と6の回答に関心があります。
ガイドについての項目がないので ガイドに対する評価も 含まれるでしょう。

平日 ガイド不在の日時が有ります故 質問項目に入れられなかったのか?
お客様に満足して頂ける様に 反応・顔色を伺いながら ガイドをしていますが 相性の合わない事もあります。

さて 進呈する「瑞鳳殿オリジナル3Dポストカード」は、あの高価な カードでしょうか?
あかとんぼ は アンケートに 回答出来ないでしょうネ。



11 月 18 日 (火)  



教養講座 歴史探訪視察研修会

主催 小斎振興協議会・小斎歴史伝承会

標題で 丸森町小斎の約50名の方々が マイクロバス2台で 瑞鳳殿のお出でになりました。

冒頭 小斎邑 金山邑の特産の竹で作られた杖 
(水戸黄門漫遊記での 杖 の様に 持手の個所が 太く 握り易い 根曲りの付いた杖 緑色が保たれる様に処理されたもの)
を 80本持参 小斎振興協議会会長から 常務理事を通して 奉納されました。 


Uさんと 二人で 瑞鳳寺山門前から 瑞鳳殿・資料館・弔魂碑・感仙殿・善應殿・妙雲廟界・公子公女廟・佐々家墓所・鹿児島県七志墓と 9時30分から12時迄 2時間30分 超長時間 の案内と なりました。

歩きながら お喋り 2時間30分 超長時間でしたが 全く 疲れを感じませんでした。お客様との 相性が良かったからでしょう。

当初 お話が あった際 丸森町との所縁ある所 普段は説明しない個所も見て欲しい。時間に余裕のある計画・行程を組んで頂きたい とお願い致しました。
30分早い到着と15分遅い出発で 2時間30分となりました。


小斎歴史伝承会の会員が多く、普段から勉強されており、また バス車内で 予習をして来たそうで 理解が早く 真剣に聞いて頂きました。

鹿島神社宮司様、臨済宗妙心寺派鶴棲山遊仙寺住職様も参加されておりました。

瑞鳳殿はお寺と神社 社寺両方の様式の建造物です と説明したら お二人の反応が 他の方と異なり 役員から紹介がありました。
要所で お二人に確認を入れました。あかとんぼ の説明に誤りが無いと 保証を頂きました。

なお、臨済宗妙心寺派鶴棲山遊仙寺住職様 は、綱宗公(善應殿)法要の際、善應寺のご依頼で 3回参加されているそうです。


最後、佐々家墓所を案内した際 斎理屋敷は御存知でしたが 反応が今一でした。

あかとんぼ としては 丸森町の役場所在地が 丸森です。 また、佐々家のご当主は 墓参の際 お声をかけて下さいます。故 当然 丸森町町民であれば 御承知かと思いました。

小斎邑は、一族の佐藤家1000石
金山邑は、一族の中島家2000石
丸森邑は、着座の佐々家3036石
と 邑ごと 殿様が違いました。 殿様の時代から150余年 経過しています。反応が今一は 当然かも。
勉強 不足でした。


最後に、24日の「天正伊達相馬対決」のフォーラムのチラシ 千葉真弓先生作の一目で内容を理解する 多色刷のチラシに
「11時に、狼煙(のろし)を4ケ所(丸山城・金山城・ 小斎城・矢ノ目館)からあげます」
と 加筆印刷したチラシを持参され、「小斎物見櫓にて 再会しましょう」 と話され 仙臺城址に向われました。

24日の晴天・不風を 祈ります。




11 月 17 日 (月)  



瑞鳳殿参詣の際 殿様は帯刀は 何処までか?

ガイド仲間のAさん から 「殿様が瑞鳳殿に参詣された際 何処の場所まで 帯刀されたでしょう?」と 問われました。

さて?
お城 大広間等で 家臣と対面される 場面を見るに 背後に 小姓 太刀持が 持っています。

瑞鳳殿では どうか?
下座絵図(仙台市博物館所蔵史料 マイクロフイルム化済 閲覧 可)によれば、瑞鳳寺まで、参道柵まで、参道御門まで、瑞鳳殿柵までと、○○役が待機する位置が決められていて、涅槃門の前に 「御小姓」の文字が 読めます。

「御小姓」は 此処まで。太刀持もここまで。

この先は 瑞鳳寺僧呂が 先導し 御供所(畳敷 二間)に入り、
瑞鳳寺僧呂の世話で 道中着から 参拝の礼装に着替えた。その脇差を預けたのでないか。

そして 丸腰で 参拝された と あかとんぼ は推測しています。

テロ、刺客に襲われたら どうするか?

瑞鳳殿の周囲は柵を 廻しております。
もし テロ情報があれば それなりの処置をして参拝したでしょう。

今と異なり 要人警護を厳しくする 必要が無かったのでないでしょうか。

この様に Aさんに 答えました。
どなたか 正解を御存知の方 教えてください。



11 月 16 日 (日)  



仙台城の門松 政宗と根白石村の関わり

仙台藩志会・伊達学塾主催の講座が仙台復興会館で開催されました。

演題が 「仙台城の門松 政宗と根白石村の関わり」
講師が 仙台市博物館市史編さん室 倉橋 真紀 先生

先生は、2012年暮 瑞鳳殿に政宗公が見であろう 仙台城の門松を復元された 関係者のお一人です。
復元の第1番が 政宗公の御霊屋 瑞鳳殿 であった事 感銘深いものが あります と語られました。

史料として 1670(寛文10)年に 根白石村の御門松上げ人が 御城に納めていた事を記した古文書があります。
この 古文書を中心に 門松の謂れ 江戸城始 各地の門松と そして 根白石村と政宗公の関わり 語られました。

美麗な資料と鮮明写真をパワーポイントで活用し、歯切れ良く 語られました。

併せて 世に知られないながら 江戸時代から連綿と現代まで 作り飾られている事例として 根白石で山守人を務められたK家 丸森・大内邑、一関○○酒造店を 写真で紹介されました。

感銘を参加者は受けた様で 質問が 相次ぎました。

1.三階松 五階松の違い
2.松は 赤松 黒松の使い分けがあるのか?
3.鬼内木の用材 栗と説明されましたが、大内邑では「苦を抜く」と橡(キヌギ)を用いていますが?
4.秋保温泉旅館の門松は 宮床邑の人の作です。・・・・・

会場設営係から タイムアップのサインが出されまして 質問を打ち切りになりました。

資料を持参され 講演の前後 先生に張り付いて 相談される方がいました。

あかとんぼ は、2013年に 仙台藩志会会報「藩報きずな」に、「2012年暮 瑞鳳殿に政宗公が見であろう仙台城の門松を復元され」と1頁 にわたり記載しました故 藩志会会員多数が 聴講される予想し 資料を大量に用意しました。

日時変更故か 予想が若干外れました。予部あります。ご希望の方どうぞ。


あかとんぼ として
今年も 瑞鳳殿に復元・飾られて 欲しい。
その際 参拝者全員が通る 涅槃門 前に 飾って欲しい。
そうすれば、全世界からの参拝者に 政宗公と仙台城の門松が アピールできます。

この思い 仙台市博物館、公益財団法人瑞鳳殿に どの様な形で 伝えたら 実現するでしょうか?



11 月 15 日 (土)  



公式気温は12月中旬。
作並温泉の先 谷間を抜けて 雪が融けた様な粒の雨が降ります。
9時15分着の始発るーぷるバスのお客様をガイドするように待機していましたが、雨と寒気で お客様は 「おはようございます」と 幾ら挨拶しても 無視 急ぎ足。

一人だけ 「ライトアップ 始まりましたか?」
「ハイ 昨晩から」
「昨晩 来ようと思ったが、下車したら寒くて 地酒で 温められ 来れなくなった」
「今晩 どうぞ」  「今日中に 帰らなくては」

ライトアップ初日 昨晩のお客様 100人に至らなかったそうです。


厚いコートと手袋を羽織りましたが 足元から 寒気が登ってきます。この状態が10時迄 小1時時間の耐寒訓練。

10時 大阪からの女性。出張で 山形経由仙台に。
出張中に 観光するのは? と自問されていました。
営業先の都合で 時間に余裕が出来た時 観光地を含めた その地を視察する事は 経済・社会等のデーター収集に繋がり 立派な営業活動と思いますが。

今後の営業活動に寄与するように 丁寧にガイドをしました。
満足して頂けたようで、名札を見て 本名かと 問われました。

ハイ本名で 僧呂ではありません。関西系の姓です。
私は、○○で 上 1文字が同じですね。ブログに記載して宜しいですか?

はい どうぞ。私もHPに載せます。URLは・・・・・
お客様は URLを教えてくれませんでした。 ブログの検索は どうするのかな?

以後 連続し 30-40分コース。


Aさんが 泣いている若い女性を連れて来ました。
「会長に会いたい と申しております」

何事か? Aさんが若い女性を泣かせての苦情か? あかとんぼは 若い女性に泣いてに会いたい と言わらる様な事をした覚えが 全くありません。緊張しました。

「2010年小次郎まつり の帰路 瑞鳳殿を訪れたら丁寧にガイドをしてくれた。ここのベンチに腰掛けていました。再会出来て嬉しい」 と感涙を流しています。詳細を瞬間で思い起せない。

苦情で無くて安心。4年半振りの再会。嬉しい事で ホッとしました。

帰宅 あかとんぼ日誌を。2011年5月4日に項に

「姉が北海道・留萌から、妹が札幌・白石区からの若い姉妹をガイドしました。昨日 片倉小十郎を尋ね白石まで行ってきたと。歴嬢でしょうか。奉納供養燈篭 これが片倉小十郎重綱が奉納したものですに 夢中・競争で撮影していました。

本殿前で家紋の話しをしたら「母は○戸です」 「岩手県 南部領の出身では?」 「そう思います」 「でも 祖父の蔵には 〔九曜紋〕の太刀とか ナニカがあり、九州・細川家と・・・・・ムズムズと語っています」それでは、お爺さんのお話しをよく聞いて、宝物が発見されたらメール下さいとお願いしました。」

この姉の方でした。今日は友人と見えました。再会記念に あかとんぼ推薦の位置 瑞鳳殿全景を背景で撮影しました。
二人とも美人に撮れました。17日 送りました。

嬉しい 事です。お客様との 再会は。


「私は 伊達家であるが 案内を頂いていないが、瑞鳳殿発掘調査の時 廟守りの人の立会いで 墓室内の政宗公にお会いした」と語る方が お見えになりました。

1975年発掘調査を 実際に見られた方は 少なくなりました。
ご当主と仙台市文化財課長島主幹の お二方位でないでしょうか?

売店に案内し、「伊東信雄編 瑞鳳殿 伊達政宗の墓とその遺品」を 紐解き お話を お聞きしました。

露天で 発掘調査を実施しており、現在の様に 仮設小屋を掛けたとは聞いておりません。
また、政宗公の御遺骨は 即 運び出されただされた と聞いています。廟守りの人と 無人の状態で 見れたとは 思えません。

「私は伊達家です」に 当然 仙台伊達家と 思いました。その方に 案内が無かったは 考えられません
はてな と思いつつ お聞きしたら 宇和島伊達家と 申されました。何代か前の御姫様か?
でも、現 宇和島伊達家の御当主についての知識は皆無でした。

何か 充分に咀嚼出来ない話でした。


とある所で 「18代ご当主のオバサマと自称される方が 活発に活動されている」と聞きました。
17代様の 姉様は 伊達家領外にお住まいと 聞いております。仙台在住は 初聞です。 

昔話に 「殿の御落胤」 なる話がありますが この類なのか? 眉唾と思い聞き流しましましたが 真剣に聞くべきであったか?

 



11 月 14 日 (金)  



伊達元成 氏

伊達元成 氏のお会いするのは 今日で 3度目です。
その謦咳 講演 を聞きましたのは 初めて。

前回は、2014年6月28日開催の時代考証学会「伊達政宗と時代劇メデイア 知己の歴史・文化を描き、伝えること」後の懇親会の席 ガヤガヤの中です。
初回は、数年前 「アイヌ文化を伝える会」で 舞台からの挨拶を聞きました。

共に 北海道伊達市噴火湾文化研究所 勤務としか紹介されませんでした。

伊達元成(モトシゲ)氏は、伊達家ご一門 家格2番 23000石 亘理要害預かり 亘理伊達家20代当主でした。

大崎八幡宮主催 仙台・江戸学講座で 「亘理伊達家の北海道開拓」として 講演され その配布資料にて 氏素性を知りました。


講演で あかとんぼ の頭脳を刺激した事項

1.亘理からの移住経費は自己負担であった。
2.移住したのは2576人で 単身者は居ない。
3.亘理伊達家の家臣の9割が移住した。(全体何家で、移住したのは何家かは 明らかにしなかった)
4.明治18年 士族に復籍した。契約会を結成し 現在に至る。

5.歴史教育は 連綿 確実に行われている。

再確認しました。 次の通りです。

伊達小学校の校歌

1.山なす苦難耐えしのぎ 凍れる天地北海の 荒野拓きし英雄の 家に伝うる紋所

2.その家の名とその紋と もろともつげる有珠郡の 伊達学校に一千余 教えをうくる若き子ら

3.国のさだめを胸にうけ 心をみがき身をきたえ 強く正しく朗らかに 日々につとむる若き子ら
4.過ぐるに早き光陰を 惜しみて常にいましめて 後にそなえて先人の あと学びつつはげみなん

伊達小学校の校章
竹に雀のデザインは、伊達家の紋所に関係しています。

竹は、外見はものやわらかですが、内面はしっかりしていて弾力があり、粘り強く、しかも反発力が強く、障害があっても、我慢強くこらえ、永く耐え、また、心がきれいで、行いが潔白で正直な気性を表しています。
雀は、朝方から夕暮れまで、こつこつと働き従事するものですので、記章の含んでいる意味は、校訓に通じるものがあります


東小学校の校章
旧亘理藩が、旧上杉藩から結納として頂いた紋所で、元竹に雀を配しています。
明治初年、亘理の藩士開拓地なる本校は、この由緒ある紋所をもって校章になりました。

堅忍不抜の竹に勤労協調の雀は本校の教育目標の象徴です。

たくましく、何事にもくじけないフロンティアスピリット
やさしく、しなやかなフレキシビリティかしこく、クリエイティブな精神啓発を希う

何れの校章 あかとんぼ の技術では 掲載出来ない ざんねん。

最後に
伊達元成 氏は、北海道伊達市噴火湾文化研究所学芸員として 市職員に立場と 亘理伊達家当主として 活躍されている。
亘理町と伊達市は、市民同志の交流が続いている 
と語られました。



11 月 13 日 (木)  



仙台市災害情報


杜の都防災メール 消防情報
▼発表内容
11月13日16時38分頃 青葉区霊屋下で災害調査のため消防車が出場しています。

経ケ峯の何れか崩れたのか?
西岸 廣瀬川との断崖 以外に危険個所 思い浮ばない。

はて 災害調査に なぜ 消防車が出場するのか?
車両衝突事故に 即 消防車が出場するのは 理解しているが。



11 月 9 日 (日)  



曇天 寒気を感じます。

お客様は 広島・愛知・香川・北海道と30余の大団体から3人の小団体 家族連れ と続々。
始め 1バス分と言われたお客様 途中から 2バス分に延長されるなど 本日 ジックリとガイドして欲しいのお客様が多い日でした。

本日の出会いの一部。

1.バス券 届いていませんか? 男性から。3段1段で落とした。
 「落ちていた」と返事されたお客様いたそうです。
 が 拾い ガイドや窓口に 届けたお客様は居なかったようです。

 拾えば 普通はガイドに預けます。ガイドは 券売口に即刻 届けます。
 が 今日は 例外日か 届出無く お客様 ガッカリし バス停に向いました。


2.Sさんが 「あかとんぼさん 一緒に聞いて お客様は伊達家家臣の末裔で 平民でなく士族である と言っているの。わかる?」

 あらためて聞きました。
 「平野嘉右衛門と称して5代 伊達家に書道で仕え 仙台駅周辺にお墓があったが 茨城に改葬した。
 成績表などに 士族○○と書かれていた」

 学校の成績書 公文書に 士族と記載されたのは 何時の年代までか? あかとんぼ の世代では 過去の遺物 ありませんでした。

 「お客様 80代ですか?」  「90代です。階段 厳しいから 此処で待っていろ と言われた」
 
 Sさんが気の毒になり 涅槃門の中まで 案内したら 
 嫁さんが降りて来て「オカアサン 危ないですから。写真撮ってきました。見てください」とさっさと 連れ去った。
 でSさん がっかりしていました。

 なお、仙臺大人名事典には、「平野嘉右衛門」は記載されていませんでした。


3.愛知からのお客様 奥様 「政宗公の熱烈なフアン 詳細にガイドをしてくれ」」と 申され ご期待に添うべくガイドしていました。

 御供所入口付近で タクシー氏 「私のお客様も 一緒がガイドして欲しい」
 「時間 かかりますよ 宜しいですか?」
 合流しました。

 拝殿 扁額の説明で 「この色の絵の具 材料何でしょう」 と お客様に振った途端。
 「珊瑚と真珠です」と大声で答えたのが タクシー氏。

 お客様とガイドとの 流れをぶち壊しです。
 プロなのに アマに 丸投げし 職務放棄していながらの所業 カチンと来ました。一矢 放ちました。以下省略。




11 月 8 日 (土)  



金山城址をめぐる

丸森町 金山自冶会・金山地区歴史伝承会・まるもりグリーンツーリズム推進協議会の共催 標記「金山城址をめぐる」に参加。
之まで、2013年5月、10月、2014年5月と 伊具3城(丸山・小斎・金山)址巡りが行なわれ、今回が4回目です。

これまで、今回も と律儀に参加しており、主催者の方々とも懇意になりました。
丸山・小斎・金山の 各地区が競い 城址の整備に努めております。

今年の金山城址は、城本来の姿に再現を目指されており 不急の樹木を伐採 四方に視界 眺望が効きました。
天正9(1581)年 政宗は 対相馬戦で初陣を飾った際 この金山城から四方に視線を 飛ばし そのごの人生計画を練られたのかな の思いで眺望を味わいました。

昼休み 丸森町町立金山図書館副館長から 領主中島・・に政宗が与えた書状と小判を金庫に所蔵していると語られました。 
未公開の書状であれば 政宗研究に寄与するのでないかと 思い 「仙台市博物館に相談されましたか?」

「敷居が高い」との事。さればと 菅野先生にお訊ね致しました。

『仙台市史 伊達政宗文書1』で289号として掲載した中島伊勢守宛てのものではないですか?
20年以上前に、丸森の郷土史家の引地昭夫氏の紹介で調査し、私も拝見しています。

とご教示頂きました。併せて 先生は「敷居は高くありません 相談に応ずます」と申して下さいました。有難いです。

町の郷土史家A氏も この書状の存在を知っていました。

されば 知る人ぞ知る政宗書状のようです。旧家の土蔵の長持からでも発見されない限り 未公開の書状は ないのが現実かも。
今月中旬 郷土史家A氏に 瑞鳳殿でお会いします。確かめます。


金山町瑞雲寺に所在の墓碑の拓本を見せて頂きました。
文字の中 「元禄7年閏4月27日 69歳 ○通重」が読めました。

元禄7年とは、1691年です。323年前です。元禄年間の墓碑は石が風化しまし、当時の風習から珍しいです。
あかとんぼ家 最古の墓碑は、享保9(1724)年で 大分 風化しています。

又 姓が刻まれています。
この時代 墓石に姓を刻めるのは 侍等 上流階級に限られたと聞いています。

居合わせた 瑞雲寺副住職は「寺に 元禄年間の墓碑が あったのか?」と 驚いていました。 

あかとんぼ 「仙台市博物館に相談されたら」と 軽はずみな発言をしました。

博物館は 生涯学習施設の役割をもっているからと 自己都合のみで 自己努力(調査)しないで 一方的に相談(電話)される方が 居るらしいです。それでは、多忙な業務に ご迷惑をかけることなり、利用者全体の損失に繋がります。 
軽はずみな発言 拙かった と反省しております。


講座解散後 郷土史家A氏宅で 幕末に生産また使用されたラシイ 領主中島家伝来の 「火薬と使用済みの鉄砲玉」を拝見してきました。

火薬は 黒色の極小のサラサラしたもので ガラス瓶に 入っていました。
金山城 中腹の煙硝蔵で 製造したものでないか?
火薬は 人糞 と 地場産業であった 蚕 から造られた の解説がありました。簡単に作れそうですが果たして?。

特製桐箱の鉄砲玉は 鉛製で 大人の親指半分位です。
同行した 隣邑出生の B氏 「祖父が耕した畑で 随分 拾ったものです」と 70年余前を 語っていました。
旗巻峠に 近い所から 戊辰の役 での 実弾であったのでしょうか?


11月24日開催 天正伊達相馬対決フォーラムの 前座?で 丸森城・小斎城・金山城から 11時に 狼煙 を上げます。10時半まで 小斎の物見櫓に お出でください のご案内が ありました。

狼煙 を上げる技術 伝承されているのでしょうか。単に 煙をあれば ヨイ ものでは ないでしょう。
本日の様な 晴天であれば。 晴天を 期待します。

フォーラム会場で 千葉真弓先生の 河北新報連載 まんが「独眼龍政宗」の第1回からを 展示するそうです。
新聞とHPで 観ていますが 全巻 一目は 壮観 でしょう。 楽しみです。

天正伊達相馬対決フォーラムで 先生達が 何を語るか の紹介もありました。
後日 記載したいと思っています。

本日 内容・天候とも 恵まれた日でした。



11 月 7 日 (金)  



伊達家の家紋

昨日の質問で、「家紋」とは 何ぞや の質問がありました。

最近の若い人々は、「家紋」を 確かに知りません。結構な年配の方も同様です。
昨日の質問は、他ならあり得る質問ですが、仙台市内でガイドをしていて方々です。 知らないは驚きでした。

三引両紋は、伊達家初代朝宗の時代から使っている伊達家で最古の家紋。仙台市の市章に借用している。
これらは 仙台市内でガイドをしている者には、基本知識と思っていた。
故、知らない人が 知ったことから 今回の企画 「伊達家家紋」の研修は 実施してよかった と感じました。


菊・桐の家紋を秀吉から政宗が 拝領した年月日の質問があり、
先生は、天正18(1590)年6月9日(政宗が秀吉に初拝謁日)以降と思うが、年月日は定かでないと回答されました。

菊・桐の家紋の使用書が発見されない限り、そのとおりだと思います。

天正19(1591)年2月12日 秀吉は 政宗を曽祖父以来の右京大夫を進めて侍従に任じ、重ねて越前守に補し、羽柴の姓を許した。(小林清治著 人物叢書 伊達政宗 80頁)
この時、菊・桐の家紋の使用も 許した のでは と理解して居ました。


「伊達家の家紋に関する1考察 家紋の覚書と美術資料にみる 伊達家の家紋およびその変遷」と題した 仙台市博物館調査研究報告第19号の41頁の長大論文と、レジメで 復習を始めました。予想の通り 奥が深いです。


仙台市博物館調査研究報告第19号は 博物館では 完売したそうです。
図書館か、古本市場を検索するか です。

レジメは 出席出来なかった会員に送付した残 多少あります。



11 月 6 日 (木)  



平日の午前 

亜細亜系外個人の5〜6人の団体が 早々と参拝に見えました。
手水舎の吐水龍を 360度方向で撮影しています。

「上に 1637年製の龍頭があります」と 伝えたいが それが出来ない。
伝えたにせよ 価値観の違いがないか? 理解して貰えるか?

平日のお客様は 太人(タイジン)か 駆け足参拝はされません。
何れも 40〜60分の参拝です。

中学生のグループ学習。
「どちら 中学校?」
「オノ中学校」

地元では 名門中学校であろうが わからない。聞き方が まずかった。
何県の何市町村の中学校? と聞くべきであった。


中学生の職場体験の生徒
K学芸員が瑞鳳殿から感仙殿と 経ケ峯を案内し、
「この方は ボランテイアです。 土・日曜日を中心に 参拝のお客様にガイドしています。
この様に 瑞鳳殿は色々な職種の職員だけでなく 市民の方々の力を借り 運営しています」と紹介。

その後 券売口、清掃・整備と 職員に見守れながら配置に付きました。
太白区の中学2年生です。
瑞鳳殿に中学生の職場体験 が入るのは 有史以来では?


午後 博物館に移動。
車内で昼食とりながら 前左右に視線を走らせて 驚いた。弁当を使っている車 あるアル。

16日14時から戦災復興会館で、仙台藩志会主催の講演会を開きます。
演題は、「仙台城の門松 伊達政宗と根白石村の深い関わり」
講師は、市史編さん室 倉橋真紀先生。

倉橋真紀先生は、2012年に瑞鳳殿・博物館等に復元された仙台城の門松の発見者のお一人です。
また、 仙台市史 地誌 根白石村 の執筆者でもあります。

この講演会の準備確認に伺いました。ご教示頂きました。


13時30分から 博物館ホールで、講師 仙台市博物館主幹 高橋あけみ先生で 「伊達家の家紋と政宗の陣羽織」と題しての研修会を 瑞鳳殿ガイドの会 主催で開催致しました。

先生は、1998年「伊達家の家紋に関する1考察 家紋の覚書と美術資料にみる 伊達家の家紋およびその変遷」と題して 仙台市博物館調査研究報告に41頁の長大論文を発表されております、斯界 第一人者であります。

パワーポイント使用しての 伊達八家紋の由来・使用頻度等 又、戦災前 国宝時代の写真を拡大し 使われている家紋を詳細に語られました。
見ていて見えていなかった 点ありました。「目から鱗」です。先生 ありがとうございました。

質問を受けて下さいました。
「家紋」とは 何ぞや の質問がありました。

ボランテイアガイドをしている者には、基本知識と思っていましたので、意外な質問でした。
明日からのガイドの際 一考すべき でしょう。

本日 ボランテイア団体等 10余団体から 130人程の出席を頂きました。感謝申し上げます。



11 月 5 日 (水)  



丸森 は あつい

政宗 初陣の地 丸森が 向寒の今 あつく燃えようとしています。

1.伊具3城(金山・丸山・小斎)と佐野製糸工場めぐり
 8日9時30分〜15時迄 金山歴史伝承会の案内で 行われます。
 昼食付2000円の会費です。
 錦織の季節 安価な会費 仙台からは90分(準秘境?) 故か
 申し込殺到と 担当者からメールが ありました。
 0224-72-6663 です。

2.瑞鳳殿参拝
 小斎城下の方々が 大型バスを仕立て 瑞鳳殿参拝と仙台城跡見学に、
 18日に訪れる。
 ガイド頼むと ご依頼を頂いております。

3..伊具3城(金山・丸山・小斎)に 狼煙
 24日午前 伊具3城(金山・丸山・小斎)で 一斉に 狼煙を上げ 戦国気分を 味あう。
 金山歴史伝承会・金山保勝会・小斎山歴史伝承会・丸山保勝会の共催で、
 会費500円(おにぎり2個 名産芋の子汁付)で、
 詳細は 軍議中で洩らされない? とか。

4.天正伊達相馬対決 討論会
 演題・講師
 (1) 伊具の戦国と城館      菅野正道 仙台市史編さん室長
 (2) 伊具を狙う相馬氏       山田将之 伊達市教育員会学芸員
 (3) 伊達輝宗の伊具奪回作戦 佐々木徹 仙台市博物館学芸員

 会場 丸森まちづくりセンター 丸森町役場隣
 日時 24日13時30分〜16時30分
 
 事前申し込み不用・入場無料 0224-72-3036

24日は 
午前は、 狼煙のみならず 法螺貝も 吹かれる とか? ホラ話か? 現地で 楽しみ
午後は、 一線研究者の講話を聴く。
パンクしないか 心配です。



岩出山 も あつい

 30日13時から16時迄 岩出山公民館で。

 演題・講師
 (1) 中世の城から近世の城へ            菅野正道 仙台市史編さん室長
 (2) 米澤館山城 伊達と上杉の足跡が残る城   山田将之 伊達市教育員会学芸員
 (3) 岩出山城 城と町の変遷              菊地裕子 元岩出山町史編さん専門員

 事前申し込み不用・入場無料 022-795-3140

 岩出山は、10月に 瑞鳳殿ガイドの会の研修で訪れ 岩出山ボランテイアガイドの会 中森成信様に 案内して頂いた。
 今度は、一線研究者の講話を聴く。岩出山 も あつい。楽しみ です。


あかとんぼ 初冬なのに あつい 全部 参加したい 瑞鳳殿ガイドは 合間に。
 
 



11 月 3 日 (月)  



8時45分 御客様は続々と。
瑞鳳殿の紅葉は、これからですが 城下に、近在の里山と みごとな錦織です。

今日も 奥羽地方を南下し 錦秋を楽しみ 瑞鳳殿で締めの行程のお客様が 沢山でした。


瑞鳳殿ガイドの本分は、豪華絢爛な桃山様式 御霊屋の建築美と周囲の自然美を鑑賞・楽しみ、伊達家と政宗公を些かでも理解して頂き、ガイドを聞いて 楽しかった・よかった・得したの気分 満足して頂くことにあります。

その為には、会員間の意思疎通が大切です。
第一月曜日を定例役員会開催と定めています。

今月は、祝日と定例役員会日と 競合しました。鼎の軽重が問われました。
結論として 役員会の時間を圧縮・短縮し、その前後 ガイドをする事にしました。

結果として 平均以上の人数で お客様にご満足頂ける態勢がとれました。ホッ


ボランテイアガイドの研修会を 6日13時30分から 仙台市博物館ホールで 開催します。
演題は、伊達家の家紋と政宗の陣羽織
講師は、仙台市博物館主幹 高橋あけみ先生

五色乱星陣羽織風の ユニホームは、お客様とガイドの初会話、融和の最善の小道具です。

会員から 伊達家の家紋と政宗の陣羽織について 奥義を極めたいの要望多数で 斯界第一人者の高橋あけみ先生に 講演のお願いしました。
先生は、2013年8月3日(政宗公生誕の日 永禄10年8月3日)に 瑞鳳殿にて 我々のガイドを激励にみえています。
瑞鳳殿ガイドにご理解があり 講演をご快諾頂きました。

折角のお話を 瑞鳳殿ガイドの会会員のみで 聞くのは勿体ないと 先生のお許しを頂き 仙台城ボランテイアガイの会等 ガイド団体に お知らせしたところ 180名の参加申し込みを頂きました。

席 若干の余裕があります。
ガイドと演題・講師に 関心のある方 どうぞ。 受付で「アカトンボで見た」と申してください。



11 月 2 日 (日)  



瑞鳳殿 紅葉が始まりました。

昨日朝一のお客様 「奥羽山脈を十和田から南下し 平泉の紅葉が素晴らしかった」と見せて、政宗公の御霊屋の紅葉を是非撮りたいと粘っていましたが、雨が上がらず 残念無念と 呟いていました。

本日 晴天にはなりましてが、太陽光線の照射角度 期待した様になりません。

「ガイド無料」の看板をセット中、追っかける様に 「東京から来ました」の若夫婦。
ジックリとガイドしました。

「東京から」は 本当のようです。
日比谷公園・帝国ホテル・東京駅を知っていました。
これ 当然 当たり前 と申されるな。知らない東京人が 偶に来仙されます。

大坂からの老女2人
「ガイドは時間どの位なの?」  
「通常40分です。 10分からガイドできます」
「10分で頼む」

大坂の人は 忙しいと申せ、バス停から10分を要していて。参拝(観光)が10分とは。忙しすぎでは?
本殿のガイドを重点と始めましたが、石段登る速度 亀速です。

政宗公御木像を写真で 見て頂き 10分にまとめました。

「今度 お出での節は もっと 時間に余裕 持って」と お願いしました。
未来は もっと亀速になるでしょうから。


表現の違い 同じものでも別になる?

「ガイドさん この菊紋 皇室の菊紋では 無いヨネ」
「ハイ 伊達八家紋の一つ で、皇室と異なり 16花片の単葉(花片)です。皇室は複葉です」

「そうか 32花片か。どうもありがとう」と 去って行きました。
あかとんぼ は 一人悩みました。16花片の複葉は、単純に16×2=32 になるのか?


昨日 降雨のさなか お客様から 「感仙殿地区に移動すれば 滑る事ないか?」と 聞かれ 即座に 「滑る事あります」と答えました。

滑る・転ぶは 本人の歩く体形と履物の摩耗状態により、自己責任ですが ともすると 他に転嫁する風潮です。
ここ瑞鳳殿で 滑り 転んだ 怪我した 救急車呼んだ事を 聞いていません。が、ボラガイドが 滑らないと断言して 滑ったら 公益財団法人瑞鳳殿が管理責任を問われる可能性があります。

最大の難所は、感仙殿地区に 抜けた坂道 石畳敷です。本日 まだ路面がぬれていて 滑り易い状態でした。
昨日の即答は 正解でした。


最後のお客様は 白石からの女子高校生です。

白石からとの事、重長が寄進した灯篭に案内し 「(鬼小十郎まつり)の翌日 沢山の暦女が この燈籠を目指してきます」と説明しましたが 反応が期待以下でした。

片倉家御廟・菩提寺傑山寺を まだ訪れていない様子。

「今日 一人で よく見えましてね」 に
「歴史が好きです。特に 古墳が 好きです」

1637年築の瑞鳳殿は お墓です。現在からみれば 歴史であり 古墳なのか?



11 月 1 日 (土)  



「ケーン」  「ケーン」
頭上から 鳴き声です。

雉かな? 中峯に目を。何の姿もありません。

「アッ 上」

首が長く 大きい羽  薄黒い体毛 さて 何 鳥でしょう?

「白鳥かな? 南下 第一陣 先発隊か?」

「いや 首が長くて 色が黒い 白鳥には見えない?  丹頂鶴では?」

「瑞鳥かな?」
9時ガイド準備最中(さなか)でのUさんとの会話です。

9時10分頃 仙台城方向から 瑞鳳殿・経ケ峯を経由 城下方向に 飛んだ鳥。 
目撃された方 正解を教えてください。


三連休 初日。

東京の社員旅行の一団 20〜30名。涅槃門前で 立ち尽くしています。

「幹事さん どなたですか」  「幹事 行方不明です」
さーて困った。 「何時 出発ですか?」 「10時10分集合です」

「では 時間一杯 ポイント限定でガイドしましょう」

本殿前で (政宗公御木像)のご紹介終わった トタン 「みなさん お時間です」
何処からか 幹事が現れ 叫んでいます。皆様 トボトボと 雨の中 去って行きました。


「神奈川県逗子市から、新幹線とレンタカーで来ました。午前一杯 瑞鳳殿参拝の計画です」

時間ありますとの事。 
先の団体様のガイドは ランチクラスであれば、今度はディナークラス でガイド致しました。マンゾク。


昨日まで秋晴れ 快晴が続きました。それ故か 傘を持たず ハンカチを載せたお客様。
相傘のつもりで 連れは 傘の外のお客様 と それなりに。
当然ながら ガイド不要でそそくさと参拝。

雨は降り続いています。あかとんぼ ガイド終わったら 五色乱星 のユニホームの背 すっぽりと濡れています。
明日まで 乾くだろうか、心配。


あるお客様
「ガイドさん 着ている 袢纏 買えないだろうか?」 「ハー」 

若い年齢の女性が 政宗公フアンで 素晴らしい色彩・優れたデザインに 惚れ込み「どこで 買えるか」聞かれる事は暫しあります。
今日は 一見 爺様です。戸惑っていると、

「夜中にトイレに3回は行く。これからは 寒さに向う。大きさが 丁度 ピッタリだ」
 
「これは、ガイド用として 公益財団法人瑞鳳殿が 伊達家から特認を頂き調整したものです。
ガイド人数限定で製作し 我々に貸与しているもので、販売は されていません」

「そうか 残念だな」
あかとんぼ は 用途が 夜着で 特段 政宗公フアンでなかったことが 残念です。


午後 若林図書館に移動。
「イグネのある村へ 六郷・七郷地域の中近世史」 市史編さん室長菅野正道先生の講演です。

先生は、仙台市史 地域誌の「六郷」を執筆されており、よもがえるふるさとの歴史シリーズ「イグネのある村へ 仙台平野における近世村落の成立」を著作・刊行されています。

六郷・七郷地域の由来・類似点・相違点、粟野氏と国分氏、仙台城下とのかかわり、イグネの成立と未来。
これらを 年寄りでも理解出来る様にまとめた資料で 講演されました。

あかとんぼ の特記として
七郷地域とのかかわり 国分盛重について
@ NHK(独眼龍政宗)では 暗愚 に近い 演出になっているが、米澤城の留守居役、又 横手城代を務めている。国分家内の統治は 完全に出来なかったが 武将としての能力は優れていた証明ではないか。

A 最近 国分盛重に関わる図書が出たが、根拠が50〜60年前の俗説を基にしている。

@について 国分盛重の名誉回復のお墨付き?
Aについて 古い俗説でも 国分盛重の総括した図書として 評価します。
  なお、国分盛重の末裔 縁のある 古内家(岩沼・加茂)の何れにも まだ 挨拶・連絡・照会が無いそうです。 





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